バナナ屋が「カリウム、カリウム!」って叫んでる国

By: Kazusei Akiyama, M.D.

September. Change of seasons. São Paulo. Caju@2020.


2025年8月

バナナ屋が「カリウム、カリウム!」って叫んでる国

どこの国かというと、もちろんブラジルです。サンパウロなど都市部ではおなじみのフェイラ、青空市場(feira livre)では「バナナ屋」というお店が必ず一軒はありますね。他の果物を扱っているお店はあるのですが、バナナだけは専門店です(註1)。店のおやじは「バナナ、バナナ」と売り込んでいるのではなく、大抵、「カリウム、カリウム」(註2)とやっているのを見ます。なぜそうなっているかと言うと、バナナはカリウムが豊富で「カリウム補給に良いぞ!」と叫んでるのです。カリウムが足りなくなると、筋肉痙攣、いわゆる「こむら返り」、脚がつる要因になりますのでブラジルでは健康番組などで「バナナを1日1本食べて、脚つるのを予防しましょう」とやる訳です。

  • 註1. 街の路上で週1回催される青空市場。バナナの他、一般的な専門店はジャガイモ、鶏卵、チーズ、魚、菓子、パステウ(pastel)。
  • 註2. ポル語でカリウムは「potássio」、ポタッシオ。

このコラムの25人の読者様は何故こんな話になっていると訝しがられているのだと思います。筆者が先月甲子園で開催されていた全国高校野球選手権大会を観ていたら、結構選手が脚つって治療受けていたり続行不可で交代になったりしてました。夏の甲子園に出るにはかなり練習したし体力があるであろう高校生でも頻繁に脚つるんだと感心していて、フェイラのバナナ屋を思い出したのです。高校生野球選手のこむら返りはカリウム不足では無いでしょう。しかし、こむら返りは夏の暑い時と冬の寒い時に現れやすいし、丁度日本とブラジルが該当時期なので今月はこのテーマでひとりごとしてみます。

こむら返りは、ふくらはぎなどの筋肉が痙攣、急に強く縮んで痛む状態です。主な原因は、筋肉の疲れ、脱水、電解質(ナトリウムやカリウムなど)の不足、血流の悪さなどです。夏の場合、暑さで汗をかき、水分やミネラルが失われると起こりやすいです。運動中や後に多くみられます。冬の場合は寒さで筋肉が硬くなり、血流が悪くなると発生することが多いです。特に夜寝ている時に起きやすいです。

医学的に言うと、筋痙攣は、主に筋肉の神経筋制御の異常や筋肉自体の生理的状態の変化によって引き起こされます。

  • *神経筋制御の異常:筋肉を動かすための神経細胞の過剰な興奮が関与しています。神経障害(末梢神経、脊髄の障害、薬物による抑制)があると、異常な筋収縮を引き起こす場合があります。
  • *電解質バランスの乱れ:筋収縮は、ナトリウム(Na⁺)、カリウム(K⁺)、カルシウム(Ca²⁺)、マグネシウム(Mg²⁺)などの電解質が重要な役割を果たします。これらの電解質のバランスが崩れると、筋肉の興奮性が変化し、痙攣が誘発されやすくなります。また、脱水(体液量の減少)により、電解質濃度が変化し、筋肉の興奮性が高まります。
  • *筋肉の疲労と代謝異常:筋肉の過剰な使用や疲労は、乳酸やその他の代謝産物の蓄積で筋肉のエネルギー代謝が追いつかず、代謝産物が蓄積すると、神経筋の興奮性が高まります。
  • *血流不足:筋肉への酸素供給が不足すると、筋線維が異常な収縮を起こしやすくなります。
  • *外的要因として考慮しないといけないのは薬剤や疾患による痙攣で、利尿剤、スタチン(高脂血治療薬)、糖尿病、甲状腺疾患などです。

季節ごとの特徴では、夏は運動中や直後に発生する「運動関連筋痙攣(EAMC Exercise Associated Muscle Cramps)」が典型的で、冬は夜間や休息時に発生する「夜間筋痙攣(nocturnal leg cramps)」が典型的、特に高齢者に多くみられます。

『これで、高校生選手と中年以上のこむら返りは原因・要因が違うとわかりますね。』

こむら返りの薬物的治療は基本的に漢方薬である芍薬甘草湯の服用と電解質補正以外、薬物療法の有効性は限定的で、非薬物的治療が推奨されるのが医学の常識です。反対に薬物使用による筋肉痙攣を警戒する事が医療の現場では重要だと考えます。特に高脂血症の治療でスタチン剤、高血圧症の治療で利尿剤など前述の筋肉の生理を変化させる薬物の使用が増えているので注意が必要です(註3)。したがって生活習慣改善や予防が重要になってきます。季節ごとの違いを表にすると次のようになります。

  • 註3. これらのお薬は一度処方されるとご自身で勝手に延々と服用されている方が多いですが、こむら返りのリスク要因である事はあまり理解されていないと思います。

表:こむら返りの夏季と冬季の比較、要因、予防、生活習慣

要因

夏季

冬季

主な誘因

脱水、電解質喪失、筋肉の過剰使用

低温、血流低下、運動不足、筋硬直

発生タイミング

運動中・直後

夜間・休息時

影響する環境

高温多湿

低温乾燥

主な筋群

ふくらはぎ、太もも

ふくらはぎ、足の裏

予防のポイント

水分・電解質補給、適切な運動管理

保温、ストレッチ、適度な運動

重点栄養素

ナトリウム、カリウム、水分

マグネシウム、カルシウム、オメガ3

推奨食品

バナナ、スイカ、トマト、マンゴー、パパイヤ、麦茶、ココナッツウォーター(アグアデココ)、フルーツジュース、アサイー、ブラジルナッツ、カシューナッツ

サツマイモ、ケール、生姜、納豆、豆腐、チーズ、青魚、温かい野菜スープ、テールやフェイジョアーダなど煮込み料理、ブラジルナッツ、カシューナッツ

食事の特徴

水分豊富、消化の良い冷たい食品

体を温める、血流を促す温かい食品

水分摂取の注意

頻繁な(こまめに)水分補給(水分は1日2.5〜3.5リットル(註4))、スポーツドリンク

意識的な水分摂取(水分は1日1.5〜2リットル(註5))、温かい飲み物

環境調整

通気性の良い服装、日陰や扇風機、エアコンで熱中症予防、発汗後のシャワーと着替えを徹底

保温性の高い靴下や長袖(サンパウロは特に夜間、室内を20~22℃に保ち、必要あれば加湿器で乾燥対策、毛布、湯たんぽなどで就寝時の足元保温

睡眠習慣

涼しい寝室、就寝前にココナッツウォーターや水1杯で脱水予防

夜間筋痙攣予防のため、クッションなどを使用し足を軽く上げて寝る、温かい寝具で筋肉の冷え防止

『血行が良くなる、筋硬直を改善するのでマッサージもお薦めです。』

最後に、糖尿病、末梢神経障害、甲状腺疾患などの疾患や利尿剤、スタチン薬剤、神経系用薬(註6)が痙攣の原因でもありうるという事を忘れないでほしいです。生活習慣改善など上記予防策をとってもこむら返りが頻繁に起こる場合は必ず医療機関を受診してください。

  • 註4. 水分量には固形の食品に含まれる水分も合算、食べ物以外に2~3リットル水分を取るのではない。  スポーツドリンクは糖分が多いので注意が必要。
  • 註5. 寒い時期はあまり喉が渇かないので努めて水分補給をする事。
  • 註6. 向精神薬、抗うつ薬、パーキンソン症候群治療薬など。

 

咳が続くから百日咳と呼ばれます。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

August. Waning gibbous moon. São Paulo. Caju©2022.


2025年8月

咳が続くから百日咳と呼ばれます。

医療現場での最近の話題は百日咳です。世界的にみて症例が増大している感染症ですが、特に日本のマスゴミで取り上げられる事が多く見られます。邦人患者が多い筆者の診療所では必然的に出てくる話です。しかし「大変だ〜子供が罹ったら死ぬぞ」とパニックばかりが煽られ先走っているように感じるので、正しく百日咳を理解するため今月は純粋な医学解説ひとりごとにします。

百日咳(pertussis, whooping cough, coqueluche (ポル語、コケルッシ))は、Bordetella pertussis(百日咳菌)と呼ばれるグラム陰性桿菌、一種の細菌(バクテリア、ウイルスではない)による急性呼吸器感染症です。この疾患は主に毒素を介した病態を示し、呼吸器上皮細胞への細菌付着と毒素の産生が中心的な役割を果たします。この感染症では免疫力の低い乳幼児で重症化しやすいです。ワクチン接種(DTaPなど)が予防の鍵ですが、免疫の減衰が再流行の原因となっています。診断はPCRや培養で行われ、抗生剤使用の早期治療が重要です。成人の場合、非典型的なことが多く、風邪や咳喘息と誤診されたり症状が軽く見逃されやすいため、感染源となりやすいです。

1. 病原体と感染経路

病原体: Bordetella pertussisは、好気性のグラム陰性コクシバチルスで、ヒトのみに感染する厳密なヒト病原体です。動物や環境リザーバー(註1)は存在しません。細菌は呼吸器粘膜に局在し、血流にはほとんど侵入しません。

感染経路: 主に飛沫感染で、感染者の咳嗽やくしゃみにより菌を含む微小飛沫が空気中に拡散され、易感染者が吸入して感染します。接触感染はまれです。潜伏期は平均7〜10日(最長3週間)で、最も感染力が強いのはカタル期と痙咳期初期です(表を参照)。

  • 註1. リザーバーとは病原微生物が生存し、感染源となりうる場所のこと。例:動物リザーバーの場合、ネッタイシマカ(黄熱の感染源)、環境リザーバーの場合、病室や医療器具(院内感染の感染源)。

2. 感染の段階と臨床的進行

百日咳の病態は、3つの段階に分けられ、各段階で細菌の付着と毒素の影響が症状を引き起こします。全体の病程は通常6〜10週間ですが、合併症により延長されることがあります。

表:感染の段階と臨床的進行

段階

期間

主な病態生理的特徴

臨床症状

カタル期 (Catarrhal phase)

1〜2週間

細菌が気道上皮の線毛細胞に付着し、局所的な炎症を開始。粘液分泌が増加し、初期感染が上気道に限局。

風邪様症状(鼻汁、くしゃみ、低熱、軽い乾性咳嗽)。感染力が最も高い段階。

痙咳期 けいがいき (Paroxysmal phase)

1〜6週間

毒素の影響で線毛機能が麻痺し、粘稠な分泌物が蓄積。咳嗽発作が繰り返され、胸腔内圧の上昇により組織損傷が発生。

激しい痙攣性咳嗽(スタカート咳嗽)(註2)、吸気時の「whoop」音(註3)、チアノーゼ(註4)、嘔吐、疲労。乳幼児では無呼吸や窒息が顕著。

回復期 (Convalescent phase)

数週間〜数ヶ月

炎症が徐々に収まり、線毛再生が進むが、残存する刺激で咳嗽が持続。二次感染で再発作可能。

咳嗽の頻度減少だが、残咳が長引く。他の呼吸器感染で再燃しやすい。

乳幼児では非典型的な進行(例: 無呼吸、チアノーゼ、徐脈)がみられ、重症化しやすいです。

  • 註2. 短い咳が連続的に起こる状態。
  • 註3. 激しい咳の発作後に、息を吸い込む時に「ヒュー」という笛のような高い音が聞こえる現象。
  • 註4. 皮膚や粘膜が暗紫色になっている状態。酸素濃度の低下の結果。

3. 細菌のメカニズムと毒素

百日咳の病態は、主に毒素媒介性疾患であり、細菌が呼吸器上皮の線毛細胞に付着した後、複数の毒素を産生して宿主の防御機構を回避します。細菌は抗原性成分を介して線毛上皮細胞に付着します。これにより、局所的な炎症と上皮細胞の変性を引き起こします。細菌は肺胞マクロファージ内に存在することもあり、組織侵入を示唆します。付着した細菌は毒素(註5)を産生し、線毛を麻痺させ、粘稠な分泌物の蓄積を招き、咳嗽発作を悪化させます。病理学的には、気管・気管支粘膜の上皮細胞変性(空胞形成、核崩壊、脱落)が主で、鼻咽部にも病変がみられます.

  • 註5. Pertussis toxin (PT): ヒスタミン過敏症やインスリン分泌増加を引き起こし、リンパ球増加を促進しながら化学走性を阻害。宿主防御を回避し、系統的な影響を与える。Tracheal cytotoxin: 線毛上皮細胞を損傷し、粘液線毛クリアランスを障害、炎症を増強する。Adenylate cyclase toxin: 宿主細胞のシグナル伝達を乱し、細菌の生存を助ける。Dermonecrotic toxin: 局所的な組織壊死を誘導する。

4. 宿主の反応と合併症

免疫応答: 細菌付着と毒素により局所炎症が発生し、白血球増加症(特にリンパ球増加)がみられます。リンパ球増加はPertussis toxinの影響で、好中球の化学走性を阻害します。

合併症の病態: 咳嗽による胸腔内圧上昇で、点状出血、結膜下出血、鼻出血が発生。乳幼児では低酸素血症や毒素効果で痙攣、脳症、肺高血圧が起こり、死亡リスクが高まります。肺炎球菌などが原因の二次細菌肺炎も一般的です。

5. 2025年7月現在の流行状況

2025年に入り、日本および世界各地で百日咳の報告数が急増しており、過去数年と比べて顕著な流行が見られます。日本の国立健康危機管理研究所(JIHS、旧・国立感染症研究所)によると、2025年1月から7月中旬までに累計43,728件の報告があり、これは2024年通年の約4,000件から10倍以上の増加です。特に東京、大阪などの都市部で多く、感染者の約60%が青少年・成人で、乳幼児の重症例も散見されます。グローバルにも再流行(resurgence)が観察されており、WHOや各国保健機関のデータから、ワクチン接種が進んだ国々でも増加傾向です。特に中国で2023年の14倍規模の急増が目を引きます。ブラジルは南米地域の再流行の中心の一つとされており、サンパウロ州では2024年に前年の4倍増が報告されてます。

6. 流行の主な原因

百日咳の流行は、細菌そのものの変異によるものではなく、社会的・免疫学的要因が主です。以下に主な原因を挙げます。これらは日本と世界で共通するものが多く、相互に関連しています。

  a. ワクチン免疫の減衰(Waning Immunity, diminuição da imunidade): 百日咳ワクチン(DTaPやTdap)は幼児期に接種されますが、効果が5〜10年で弱まるため、青少年・成人での免疫力が低下します。日本では乳幼児の接種率が95%以上と高いものの、ブースター接種(追加接種)が不足し、成人感染が増加。ブラジルを含む世界的に同様で、WHOは免疫減衰を再流行の主要因と指摘しています。

  b. COVID-19対策緩和後の免疫債務(Immunity Debt, lacuna de imunidade): パンデミック期のマスク着用・社会的距離確保で呼吸器感染症の曝露が減り、集団免疫が弱体化。2023〜2024年の緩和後、百日咳を含む感染症が急増しました。日本ではインフルエンザやRSウイルス感染症(註6)と並行して流行し、世界各国で同様のトレンドです。

  c. 抗生物質耐性菌の出現: 一部株がエリスロマイシンのようなマクロライド系抗生物質に耐性を持ち、治療が難しくなるケースが増加。日本で2024〜2025年に耐性株関連の死亡例が報告され、流行拡大を助長しています。これはグローバルな問題で、細菌の遺伝子変異が原因です(註7)。

  • 註6. ブラジルでの臨床現場では百日咳よりRSウイルス感染症を重点的に流行監視しているように思われる。
  • 註7. 特定の遺伝子型(fim3–24/ptxP-3)の株がアウトブレイクに関与している可能性が指摘されている。

  d. 季節・社会的要因: 日本では夏季の高温多湿、夏休みの人の移動・集まりが感染リスクを高めています。ブラジルでは冬季の閉め切った空間での活動や季節に多い風邪症状が感染リスクを高めてます。世界的に、都市部や高齢化社会での密接接触が寄与。PCR検査の普及などの診断技術の進歩で報告数が増えている側面もありますが、本質的には感染拡大です。

  e. 接種率の地域差や誤認識: 全体的に高いものの、一部地域でワクチン忌避やアクセス不足が見られ、特に発展途上国で影響。中国の急増はこうした要因が強いです。また、「幼児期の接種で一生免疫」との誤解が、成人ブースターの怠りを招いています。

7. 予防と対応

  • – ワクチン接種を徹底:妊婦・周囲成人へのブースター(日本ではTdap、ブラジルではdTPa)、乳幼児の定期接種。
  • – 早期治療:抗生剤投与で感染拡大を防ぐ。
  • – 公衆衛生:マスク、手洗い、咳エチケット。

『日本から移住してくる子供さん達の予防接種はブラジルで必要なモノとは違うので(註8)、当地に到着したら「すぐに」予防接種の調整を医師に相談する事が重要だと考える。筆者の診療所HPに小児用のブラジル公式予防接種スケジュールを載せているので(註9)、参考にしてほしい。旅行者は事前接種を確認する事が必要になってきたと思われます(註10)。このコラムの25人の読者様、周りの愛する人達に今月の話の拡散をご協力いただけたら嬉しいです。』

  • 註8.  例:ブラジルでは日本脳炎はないが、細菌性髄膜炎がある。
  • 註9.  https://www.akiyama.med.br/jp/vaccine-brazil-children/
  • 註10. 現時点での大人の接種勧告は妊婦と1才以下の子供と同居の場合のみ.

 

寓話のようで寓話でない話:「買い物袋もって来いよ」

By: Kazusei Akiyama, M.D.

July. Some cloud at Sunrise. São Paulo. Caju©2024.


2025年7月

寓話のようで寓話でない話:「買い物袋もって来いよ」

最近、近隣の街でこんな出来事がありました。

スーパーのレジで、年配の男性が若い店員にこう言われました。

「マイバッグはお持ちですか?プラスチック袋は有料ですし環境に良くないので、ご自分の袋を使うのがおすすめですよ。」

男性は少し照れながら答えました。

「すみません。私の若い頃には、こうした『エコ』の考え方はあまりなかったもので。」

店員は上から目線の口調で返しました。

「それが問題なんです。昔の世代が環境のことをあまり考えなかったから、今こんな状況なんですよ。」

少し間を置いて、男性は穏やかに語り始めました。

「確かに、私たちの時代には『エコ』という言葉はありませんでした。でもね…」

– 牛乳やジュース、ビールの瓶は店に返し、洗浄・再利用されていました。リサイクルそのものです。

– エスカレーターがなく、階段で移動。電気は自然と節約していました。

– 買い物や用事は徒歩。ちょっとした移動に車は使いませんでした。

– 布おむつを洗って使い回し。紙おむつは一般的ではありませんでした。

– 洗濯物はロープに干し、太陽と風で乾燥。乾燥機は不要でした。

– テレビやラジオは家に1台だけ。各部屋に置くなんてありえませんでした。

– 切ったり混ぜたり潰したり、調理は手動。電動ミキサーなどは使っていませんでした。

– 梱包には古新聞を使用。プチプチみたいなプラスチックの緩衝材はありませんでした。

– 草刈りは手押し式の芝刈り機。電気は使いませんでした。

– 日常が運動そのもの。ジムでランニングマシンを使う必要はありませんでした。

– 水は蛇口から直接、またはガラスコップで飲みました。プラスチックのコップやペットボトルは存在しませんでした。

– カミソリの刃だけ交換。使い捨てはしませんでした。

– 子どもは自転車や徒歩で通学。車で親の送迎はありませんでした。

– 部屋にコンセントは1つで十分。複数の機器を設置したり充電する時代ではありませんでした。

– 道案内は地図や人に聞くもの。GPSやスマホはなかったのです。

– 電話は固定電話で、1軒に1台あれば贅沢。携帯電話のバッテリーで環境を汚すなんて考えられませんでした。

「だからこそ、今の若い世代が「昔の人は環境を顧みなかった」と批判するのを聞くと、どこか皮肉に感じてしまいます。本当に環境を第一に考えているのだろうかと、つい考えてしまうのです。」

終

—

この話は、ネット上のフォーラム、Quoraのスペイン語版に掲載された投稿を基にしています(註1)。投稿者はペルー在住のマリア・デル・ピラル・トヘリさんで、題名は「generación equivocada」直訳すると「間違った世代」。この投稿は、2020年にペルーで起きた抗議運動「Se metieron con la generación equivocada」(「彼らは間違った世代に手を出した」あるいは「間違った世代にケンカを売った」)を背景にしています。  当時、ペルーではマヌエル・メリノの暫定政権と政治腐敗に抗議する若者主導のデモが全国で展開されました。このスローガンは、若者の抵抗を象徴するものとして広まりました(註2)。当時、世界の関心はコロナ禍やトランプ対バイデンの米国大統領選に集中しており、ペルーの運動は日本やブラジルを含む海外ではあまり知られていません。要するに、「若者たちが政治腐敗に立ち向かった社会運動」だったのです。

  • 註1. https://qr.ae/pAIVvI(原文閲覧可能)
  • 註2. 2020年のペルー政治危機:マヌエル・メリノの就任と辞任、ビスカラ大統領の弾劾。

『それだけ見てると、若者達が社会問題や政治問題に関心を持ち、立ち上がるのは良い事だ!パチパチ。拍手。になるな。』

ここで、しかし、が入ります。一見、若者が社会問題に関心を持ち、行動を起こすのは素晴らしいことです。だが、よく観察すると、これらの運動が本当に自発的なのか、疑問が湧きます。  2020年頃、ペルー以外でも若者主導のデモが世界中で発生しました。たとえば、香港の民主化デモ、米国のブラック・ライブズ・マター(BLM)運動、タイの反政府デモ、チリの抗議デモ、欧州の気候変動ストライキなどです。これらはリーダー不在でSNSを活用した分散型運動という共通点を持ちます。しかし、人権や環境、民主主義といった「正義」のテーマが、特定の勢力によって利用されている可能性が筆者にはあるように思えるのです。若者の情熱が、経済的・政治的な目的のために巧みに焚きつけられているとしたら、どうでしょう。

気候変動ストライキを例に取ると、環境ビジネスの影が見え隠れします。一番目につくのは電気自動車シフトですが、太陽光や洋上風力への企業投資、環境コンサルティングの成長、ESG投資の拡大、代替タンパク質やエコツーリズムの推進(註3)――これらは若者のストライキによる環境意識の高まりと連動し、企業利益に直結しています。しかし、企業や政治家が「環境」を旗印に、注目や利益を得ようとしている現実や、一部の運動が左派政権下で勢いを失う様子を見てると、多様にある「運動」の誠実性を疑問視するのは筆者だけでしょうか。

  • 註3. 低炭素旅行サービスと言ったモノまで出てきた。

『本当に環境の事など思ってないでしょ。結局金儲け。あるいは法人が社会の風当たりに乗り遅れないようにそのフリしてるだけだったり。一定の注目を浴びるから政治家なんかも便乗も多いし。どっかがレジ袋有料化してたな。』

ペルーの抗議運動も、当初は政治腐敗への抵抗でしたが、環境や人権など多様な議題が混在し、焦点がぼやけたてしまい、かの国のトランスジェンダーの国会議員の勝利みたいな話になって終わってしまっている印象です(註4)。トヘリさんの投稿は、若者の情熱が大きな権力に利用され、環境のような重要な案件が偽善の虜になっている可能性を警告しているのではないかと思います。  この話は、単なる世代間の言い争いではありません。近年色々叫ばれている正義のテーマを考えるとき、私たちは何を優先し、どう行動すべきなのか――そんな問いを投げかけてきます。

  • 註4. https://www.lavanguardia.com/politica/20201115/49472171977/en-peru-se-metieron-con-la-generacion-equivocada.html(解説記事)

ハレンチってエッチじゃないの?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

June. Little bit foggy morning. São Paulo. Caju©2018.


2025年6月

ハレンチってエッチじゃないの?

いきなりですが、このコラムの25人の読者様、「ハレンチ」ってどう解釈されてますか?筆者は7割方はエッチ、つまり性的な意味合いをもつ言葉だと思ってましたが(註1)、なんかモヤモヤするのです。それでお勉強してみたら、やはり元々の概念と最近の用途ではギャップがあるのがモヤモヤの原因でした。「ハレンチ」は漢字で「破廉恥」と書き、「廉恥」が破られる、無くなる、壊れる、つまり「清らかで恥を知る心が失われる」ことを指します。広辞苑によると「廉恥」とは「心が清らかで、恥を知る心がある事」。したがって破廉恥とは恥を恥とも思わず平気でいる事、不正を平然と行う態度を意味します。でも最近は「恥を恐れない」といった意味合いで使われているようです。

  • 註1:「ハレンチ」が性的な意味合いを持つのは、刑法上の公然わいせつ罪やわいせつ物頒布等罪など、わいせつ行為に関連するイメージによるものと考えられる。

『お勉強を進めてみると、「恥」や「不正」の概念は東洋と西洋では随分違うのが分かるのだな。なので、今回も東西考、日本とブラジルの文化を比較しながら破廉恥の意味と現代社会での役割を考えていきたい。』

「破廉恥」という言葉は、道徳的または社会的な規範を著しく逸脱し、羞恥心を欠いた行為や態度を指します。この概念は、時代や地域によってその意味や社会的役割が異なり、日本では歴史的に「恥の文化」に根ざし、集団の秩序や礼節を保つ基盤でした。戦後の道徳教育で、公の場で大声を出す、性的な話題を公然と語る、露出度の高い服装などが「破廉恥」と非難されることがありました。しかし近年では、グローバル化や個人主義、インターネットの普及で価値観が多様化する現代では、「破廉恥」という言葉の効力や意義は揺らいでいると考えられます。性的少数者の権利の尊重、身体の自由、自己表現の多様性が社会的に認められつつあり、「破廉恥」とされた行為の一部が「個人の自由」として再評価される場面も増えているようです。

反面、現代の日本社会は依然として「空気を読む」「和を乱さない」といった同調圧力の文化が根強く残ってます。結果として、ある集団では自由とされる行動が、別の文脈では「破廉恥」とされるといった矛盾も生じます。たとえば、若者文化においては奇抜なファッションや過激な表現が受け入れられますが、高齢者層や保守的な地域社会では眉をひそめられることもあります。つまり、「破廉恥」という概念は一様ではなく、時代や立場、文脈によってその意味合いを変化させているわけです。

一方、ブラジルにおいては「破廉恥」に直接対応する語として「vergonha(恥)」や「sem vergonha(恥知らず)」などがありますが、文化的な意味合いは日本とは大きく異なります。ブラジルは多民族国家、多文化社会であり、ポルトガル植民地時代、先住民族、アフリカ系奴隷、欧州や東洋の移民の文化が融合し、個人主義と集団主義が混在する独特の価値観を持ちます。そのため、倫理観や公共空間での振る舞いに対する基準も多様になります。

ブラジルのカーニバル文化は、破廉恥の概念を考える上で興味深い事例です。カーニバルでは、社会的規範が一時的に緩和されます。普段はタブーとされる大胆な表現が許容され、露出度の高い衣装や派手な踊りが文化的祝祭をして容認されます。これは、破廉恥の概念が状況依存的であることを示しています。ただし、カーニバル外での同様の行為は、破廉恥とみなされる可能性があり、文化的文脈の重要性が分かります。一見、日本の保守的な目線から見ると「破廉恥」とされる行為が、ブラジルでは「解放」「祝祭」「自己表現」として評価されます。この違いは、国民性や宗教、気候、歴史的背景によるもので、ブラジルにおける「恥」の概念は日本ほど行動を抑制するものではありません。

『そんなブラジルでも腐敗や暴力、差別といった行為は、現代ブラジル社会において「不名誉」とされ、強い批判を浴びる。10年ほど前からサンパウロ市のパウリスタ通りで度々発生する大規模デモは、政治腐敗や社会的不正への抗議として、「恥知らず」な行為を糾弾する動きの好例だろう。』

日本とブラジル双方で、SNSの普及は破廉恥の概念に新たな次元を加えたと思います。個人の行動が即座に拡散され、破廉恥とみなされる行為が世界的に注目されるようになる一方、過剰な監視やキャンセルカルチャー(註2)は、個人の自由を制限し、対話を阻害するリスクを伴います。インターネットでは「バズる」こと、つまり話題になることが重要視され、刺激的で過激な言動が注目を集めやすいです。その中で、かつては「破廉恥」とされた行為が、むしろ「話題性」や「個性」として受容されるケースも増えているのが現状です。

  • 註2:キャンセルカルチャーとは、特定の人物や企業が不適切な発言や行動をした際に、SNSなどで糾弾し、不買運動やボイコットなどを呼びかけ、社会的に排除しようとする動き。「キャンセル」を叫び、切り捨てる行動からこのように呼ばれるようになった。2020年8月のひとりごと「物事の本質を曝露させたコロナかな。」で展開してます。

特に若年層では、「恥」を恐れずに自己表現を行うことが、成功や影響力につながることもあるとされてます。TikTokやInstagramでは、性的な要素や過激な発言がバイラル(註3)になる例が世界中で見られます。日本においても、そうした表現が商業的成功を収める一方で、炎上やバッシングといった形で「破廉恥」が再確認される場面もあります。ブラジルでは、ネット上の自由な表現が文化的に受け入れられやすい傾向がある一方で、政治的・宗教的な価値観との衝突も頻発してます。たとえば、LGBTQ+の表現に対する支持と反発の両方を引き起こし、公共の場での行動が物議を醸すこともあります。

『つまり、「破廉恥」の判断基準は、文化の中における価値観の対立を反映しているとも言えるのであろう。』

日本では、伝統的価値観と新しい自由の在り方がせめぎ合い、ブラジルでは多様性と宗教的保守性が複雑に絡み合っています。結局「破廉恥」という概念は、単なる道徳的評価を超え、社会における「正常」と「逸脱」の境界線を可視化する機能を持っていると思います。

『その境界線がものすごくあいまいになりつつあるけどね。そして今の社会、日本でもブラジルでも「破廉恥」だらけに見えますけど。25人の読者様にとっての「破廉恥」って、どんなものですか?』

  • 註3:viral、ウイルスの。情報やコンテンツがウイルス感染のように急速に広まる様子。

 

ブラジルの予防接種スケジュール0〜14歳

by: Kazusei Akiyama, MD


ブラジルの予防接種スケジュール

当地には2種類のスケジュールがあり、公式スケジュール(Programa Nacional de Imunização)は保健所や公共医療機関などで無料で提供されるワクチン。外国人であっても無料です。小児科学会スケジュール(Calendário Vacinal da Sociedade Brasileira de Pediatria)は民間の医療機関で有料で接種されるワクチンであり、公式スケジュールの拡張版です。

公式スケジュールは低コスト、高カバー率のワクチンを使用した公衆衛生を優先するスケジュール、小児科学会スケジュールはより広範なワクチンを利用し、個人保健を優先するスケジュールです。医学的に考えると公式スケジュールは最低限の疾病予防をしており、十分だと言えます。民間の分はそれのプラスアルファで更に予防をする希望があり、経済的余裕のある家族向けです。

当地ブラジルは予防接種政策に関しては世界的に予防接種先進国と認知されており、成功の歴史があります。1975年に始まったPrograma Nacional de Imunização(PNI、予防接種国家プログラム)のプログラムのおかげでブラジル人は大変ワクチン好きで、インフルエンザワクチン導入時の接種率の高さや新型コロナワクチンが配布された時の一般人の関心と支持は日本の比では無かったです。

過去のひとりごと「今度はサル。また変なモノ出てきましたな。」にワクチンについて書いてますので、併せてご検討ください。。

ブラジルの予防接種スケジュール:ブラジル国保健省の公式スケジュール2024/2025年版


ブラジルの予防接種スケジュール:ブラジル小児科学会の推奨スケジュール2024/2025年版

このページへのリンクやコピーは出典(https://www.akiyama.med.br/jp/vaccine-brazil-children/)を明示の上、ご自由にしていただけます。


 

 

患者になるのも要デジタルリテラシーの世の中

By: Kazusei Akiyama, M.D.

May: Little bit cloudy sunrise. São Paulo. Caju©2022.


2025年5月

患者になるのも要デジタルリテラシーの世の中

先月の前半、日本でのマスメディアは壱岐島沖でドクターヘリが墜落したニュースで占められてました。2025年4月6日、長崎県対馬市から福岡市へ患者を搬送中のヘリコプターが、壱岐島沖約27kmの海上で転覆しました。6人全員が救助されましたが、患者と付き添い、医師の3人が死亡しました。ヘリは佐賀の航空会社が運航し、福岡和白病院から委託を受けていました。海上保安庁は事故原因を調査中。この事故は離島医療の課題を浮き彫りにし、ヘリ運航の安全基準見直しや遠隔医療への依存増加が議論されています。特に運航会社と病院への批判が強く、日本の同調圧力文化が影響を与える可能性が大きいと思います。「落ちるかもしれないヘリコプターに患者を乗せて病院は無責任だ!」と言った論調に悪意と浅慮を感じて憤慨しているのが今月のひとりごとの素です。

ドクターヘリは、緊急医療現場に医師や看護師を迅速に派遣し、現場で治療を行いながら患者を医療機関へ搬送するヘリコプターです。救急医療に必要な機器や医薬品を搭載し、特に離島や山間部での救命活動に役立ちます。車両が到達できる陸地では、救急車よりも早く治療を開始でき、特に重症患者の救命に効果的です。しかし、間に「海」がある場合、離島ではヘリ搬送が「最後の砦」です。福岡和白病院は民間資金でヘリを運用し、対馬の命を支えてきました。残念な事に批判が強まれば、こうした民間努力が減少し、遠隔医療の格差が拡大する恐れがあります。実際、この病院は離島からのヘリ輸送を無期限運行停止してしまいました。運航停止は緊急搬送の遅延や医療アクセスの低下を招き、遠隔地の患者に直接的な影響を与えます。マスゴミは自分が離島に住んでいないので、事故の話題性ばかりに焦点をあて、表面的な責任追及に終始しているように見えます。もっと根本的な、離島医療の資金不足、民間ヘリの安全基準の曖昧さ等、構造的な問題が議論されているようには思われません。

『離島に高度な医療機関がそろっていれば別にヘリなど飛ばさないでいいでしょ?無いから飛ばさないといけない、そんな単純な事もわからんのか。』

しかし、筆者が思うに、これは反対にヘリ運航のリスクがクローズアップされたことで、テレメディシン(telemedicine、遠隔医療)やドローンによる医療物資輸送など、非物理的な遠隔医療技術への投資や導入の議論が加速する良い機会にしないといけないと。ヒトの健康や感情を扱うモノである以上、医療文化は人間生活の中でも保守的な分野に入ると思います。また、医療は高額な経済活動であるため、色んな利権が絡み、これも革新を拒む一員でしょう。ドクターヘリや遠隔医療に関しても、「とんでもない事態」が起こらないと引き金にならない歴史があります。

ドクターヘリはHEMS(Helicopter Emergency Medical Services、医師を乗せた緊急医療ヘリコプター)が欧米式の正式名称で、欧米では1970年代より運用が始まってます。ブラジルでは1980年代に主に都市部で交通渋滞を回避する手立てとして定着するようになりました。これは革新というより、民間主導で富裕層向けの救急サービス、つまり、更に高額な経済効果を見込んだモノでしょう。ただ、実際このサービスは交通事故や心臓発作患者の生存率向上に寄与する実績が認められたため、消防や警察のヘリで公的機関がサービスするようになり、2000年代にブラジル保健省が全国緊急医療サービス(SAMU: Serviço de Atendimento Móvel de Urgência、2003年設立)の一環としてHEMSを強化してます。日本では緊急医療におけるヘリコプターの使用は消極的だったのが、1995年の阪神・淡路大震災が転機となり、迅速な医療アクセスと搬送の必要性が認識され、この災害での被害(死者6,434人、負傷者43,792人)は、HEMS導入の議論を加速させました。正式には2001年に運用開始があり、以降ドクターヘリは全国に拡大し2022年4月時点で、47都道府県中45都道府県に56機が配備されるまでになってます(註1)。

『つまりヘリの場合、大震災が起こらないと重要性が分からなかった。ブラジルの場合は大渋滞か。』

  • 註1:ブラジルでは全国で約50機。警察へりなど緊急搬送に使用される機材はもっと多いが、ドクターヘリは、医師や看護師が搭乗し、現場で初期治療を行えることが定義であるため、単に患者や怪我人を搬送するヘリコプターがドクターヘリと言うわけではない。

遠隔医療(テレメディシン)に関しては、日本の場合、遅々と整備が進まない状況でした。日本の医療文化は、医師と患者の信頼関係を重視し、対面での診察を伝統的に好む環境が遅延の一番の理由とされます。1997年には遠隔診療が認められましたが、医師法では対面診療が原則とされ、初期はフォローアップケアに限定されていたり、規制緩和があっても禁煙治療など一部条件つきの制度でした。それが2020年の新型コロナ禍で状況が一変し、初診の遠隔診療が解禁され1万以上の医療機関が新患者のオンライン相談を提供し、医療アクセスの拡大に寄与してます。しかし、対象疾患や保険適用には依然として制限があり、遠隔診察の保険点数は対面の約70%に設定されているため収益性が低く、導入が進まないようです(註2)。ブラジルでは僻地の医療拡充に有用ではないかというくらいの位置づけで1980年代から議論がありましたが、結構医師側の抵抗があり、医師の60%がテレメディシンの診断精度や法的責任を懸念し、消極的でした。ある程度成功していたのは、遠隔地から送信される画像の診断と海洋油田で勤務している労働者(註3)への医療サービスでした。石油プラットフォームにはメディック(救急救命士や看護師)が常駐し、簡易診療所を運営しており、常駐医療体制があるといえますが、高度な診断や治療には陸上の専門医の支援が必要になります。海洋油田は労働リスクが高く、作業員は重機事故、爆発、落下、化学物質暴露などのリスクにさらされ、急性外傷(骨折、頭部損傷)、心疾患、熱中症が頻発;非労働関連疾患(消化器疾患、感染症)も約40%を占めるといったデータもあります。海洋油田の特殊な環境が、ブラジルのテレメディシンを技術的に進化させたのは間違いないと考えられます。このように利用が限定的であったのが、2019年に規制緩和があり、遠隔診断、処方、カウンセリングが合法化されました。そこへ2020年の新型コロナ禍で緊急措置としてさらに緩和され、民間投資と規制緩和でテレメディシンが急成長し、都市部での受容が進んだ現状と言えます。

『遠隔医療の場合、新型コロナパンデミックが転換点と言える。』

  • 註2:更に、APPI(個人情報保護法)の厳格な適用が求められ、医療機関は高コストのセキュリティシステムを導入する必要がある。これが特に地方の小規模施設で障壁となっている。
  • 註3:ブラジルは、リオデジャネイロやサンパウロ沖の100〜300km以上の遠隔地に位置する世界最大級の海洋油田を開発している。これらの油田は、数千人の作業員が海上プラットフォームや掘削リグで働き、広義では日本の離島の医療事情と似ているところがある。

ドクターヘリの大きな問題点は「過剰トリアージ」でしょう。過剰トリアージ(over-triage)とは、緊急性の低い患者や軽症患者を、緊急度の高い患者向けのリソースで対応してしまうことです(註4)。ドクターヘリは運用コストが高額であるので最悪になります。この現象の解決策(註5)の一つにテレメディシンを活用し、初期診断の精度の向上を目指す方法があります。反面、テレメディシン運用で陸上医師の慎重すぎる判断が、HEMSの不適切出動を招く事態も無視できません。

  • 註4:サンパウロ州のHEMS(2018年)では、搬送患者の約30%が打撲、軽度骨折などの軽症で、地上搬送で十分だったと報告がある。
  • 註5:トリアージプロトコルの標準化(いつ使うか);救急救命士や医療従事者への訓練の強化(どう使うか);民間HEMSの過剰派遣の規制(商業的動機の抑制);地上医療の強化(HEMSへの過度な依存を軽減);市民教育(過剰要請の抑制)。

遠隔医療の1番大きな問題点は診断精度です。対面診療に比べ、テレメディシンは診断ミスリスクが高くなります。2番目の問題点は最低スマートホンを始めとする電子器機を使用しないとできない医療行為であり、高齢者や低学歴層のデジタルリテラシー不足が、テレメディシンの利用を阻害します。今回のドクターヘリの件でも見られるように、遠隔医療の重要性に疑問の余地はないと思われます。待ち時間や移動時間の短縮などのコスト削減的な経済効果や医療のアクセスの改善といった医療の民主化効果もあります。このコラムの25人の読者様の生活圏のブラジル、特に都市部では社会受容性高く、筆者の診療所でもテレメディシンがすっかり定着してます。賢くご利用いただければ心強い保健ツールになることは間違いないと考えます。

『したがって、要デジタルリテラシーの世の中です。デジタルは使えるようにしましょう。』


 

医者のウソは方便なのか?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

April: Clear sunrise. São Paulo. Caju©2021


2025年4月

医者のウソは方便なのか?

先月のひとりごと、「酒」の話で今まで書いてきた「開業医のひとりごと」を引用するため一通り目をとおしてみると、「またの機会に展開します」話が色々ありました。その内の「医者のウソは方便」が今の時代と衝突する感じで気になりましたのでこのテーマで今月は展開していきたいと思います。

まず定義からいきましょう。「ウソ」とは意図的に事実と異なることを述べることです。例えば、「昨日は遅くまで働いてたよ」と言うのが本当はそうでなかったら、それは嘘になります。動機は様々で、冗談、自己防衛、あるいは他人を騙すためかもしれません。正しいとか間違っているはともかく、基本的に誰かを「誤解」させたりするための行為でしょう。いわゆる「意図的な虚偽」です。特に西洋社会は個人主義が強いので、嘘は「個人の信頼」や「自己の誠実さ」を損なうものとして重く見られがちです。「方便」は仏教の「upāya」という概念からきており、真実をそのまま伝えるのではなく、相手の理解や救済のために適切な手段であり、時に嘘を使うことがあります。ここから「嘘も方便」という日本の慣用句にもつながり、続いて「医者の嘘も方便」といった言い回しができるのですね。

この考え方からいくと、ウソは悪いモノではないと言うことになります。本当に悪いモノではないのでしょうか。西洋と東洋では捉え方が違います。東洋社会では個人より集団の和が重視されるため、嘘がグループの調和やメンツを保つために使われることがあります。例えば、上司や親戚に失礼にならないよう本音を隠す「建前」は、嘘の一種とも言えますが、社会的に受け入れられています。だから「医者の方便」のように相手のためになる嘘は肯定的に捉えられる訳です。西洋でももちろんwhite lie(白い嘘)という同じような悪意のない、相手を傷つけないための嘘は許容される概念がありますが、どちらかいうと良いか悪いかの二元的になりがちだと考えます。反面、東洋では自然の流れに従うことが重視され、嘘か真実かという二元論よりも、状況に応じた柔軟性が優先されることがあります。嘘が「調和」や「バランス」を保つなら、必ずしも否定されません。ウソが「悪い」とされるかどうかは、状況や文化、意図によって変わるので、一概に「悪い」「悪くない」とは言えない部分があります。

『西洋が「(はいyes)か(いいえno)か」のバイナリデジタルで成り立っているのに対し、東洋では(はいyes)、(いいえno)、(はいといいえのどちらもyes and no)、(はいでもいいえでもないnot yes nor no)の4パターンあるそれだな。(註1)』

  • 註1:インド文化の概念です。

ここまで来るとこのコラムの25人の読者様はウソはそんなに悪いモノではないと思うようになってきてませんか?もう一度整理してみます。

 

◎嘘が「悪い」とされる理由

一般的に、嘘が「悪い」とされる背景にはいくつかの要素があります:

 信頼の崩壊: 嘘がバレると、人間関係や社会の信頼が損なわれる。例えば、友達に「昨日会えなかった」と嘘をついて別の予定を優先したら、信用を失うかも。

 害を与える可能性: 他人を騙して利益を得たり、傷つけたりする嘘は非難されやすい。企業のCSRで「環境に優しい」と偽るのも、消費者を誤解させて害を及ぼすから問題視されます。

 道徳的規範: 西洋のキリスト教(「偽りの証言をしてはならない」)や東洋の儒教(「信が重要」)など、多くの文化で「真実を語る」ことが美徳とされ、嘘はそれに反するものとされます。

 

◎嘘が「悪くない」場合

でも、嘘が必ずしも「悪い」とは限らない状況もあります:

 相手を守る嘘=方便:「医者のウソは方便」のように、患者に「大丈夫だよ」と言う嘘が不安を和らげるなら、それは優しさや思いやりからくるもの。プラシーボ効果(註2)を狙っているウソもありますね。東洋の「嘘も方便」は、まさにこの考え方ですね。例: 子供に「サンタが来るよ」と言うのは、楽しさを与える嘘。

 調和を保つ嘘: 東洋社会では、集団の和を優先して本音を隠すことがあります。「おいしいね」と微妙な料理を褒めるのは、相手を傷つけないための嘘。

 結果が良い嘘: 西洋でも見られる功利主義的な視点では、嘘が全体の幸福を増すなら許される。例えば、戦争中に敵を騙して味方を救う嘘は「正義」とされることも(註3)。

  • 註2:プラシーボ効果:実際の薬理作用がない物質や治療(偽薬や偽の処置)を用いた場合でも、患者が「効果がある」と信じることで症状が改善したり、気分が良くなったりする現象。
  • 註3:古代ギリシャでは、嘘は社会秩序を乱すものとされつつも、統治者が民を導くための「高貴な嘘 (noble lie)」は正当化される場合があるとされました。

 

◎嘘の「善悪」は状況次第

結局、嘘が「悪いモノ」かどうかは、以下に依存します:

 意図:  自分だけ得しようとする嘘は悪意と見なされやすいけど、相手のためなら許容される。

 結果:  嘘が害を及ぼすか、利益をもたらすか。企業のCSRのグリーンウォッシングは害を及ぼすから「悪い」、でも社員を励ますための「少し大げさな言葉」は良い場合も。

 文化:  西洋では「真実」が原則(哲学でいうとカントは「どんな嘘もダメ」と嘘は普遍的な信頼を壊すから絶対的に否定)で嘘は例外的に許される(哲学でいうとニーチェは「真実がいつも良いとは限らない」と、嘘にも価値を見出す余地を認める)けど、東洋では状況に応じた柔軟さが認められがち。

嘘は「悪いモノ」と決めつけるより、「何のために、誰のために使われるか」で評価が変わる訳です。純粋に悪意だけの嘘は少ないし、むしろ人間関係や社会を円滑にする道具として機能することもある。逆に、嘘がなくても生きられるかと言えば、現実的には難しいですよね。「悪い」と感じるのは、嘘そのものより、それが引き起こす結果や裏切り感なのかもしれません。結論としてはウソは悪いモノではない場合もあると言う事になります。結局、良い悪いの以前の問題で、ウソを言っている人(組織)の倫理(ethics, ética)によるところだと考えます。

『思いやるのか?偽るのか?つまり、善意か、悪意か、に行き着くか。』

この部分を「見抜く」のが難しいのではないかと思います。人間は「認知バイアス」というものがあります。「単純接触効果」のように繰り返し聞くと信じやすくなるといった「習性」です。「刷り込み」というヤツですね。これを悪用した有名な例がナチス・ドイツの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスに帰せられる「ウソも100回言えば本当になる」ではないでしょうか?意図的、組織的に「嘘を効果的に使う」技術であり、どこかの国のL政権が多用しているように現在も使用されています。

また、ウソは「虚偽」や「欠如」、「誤解」が根本にあるので、反面の「本当」、「真実」、「事実」、「実情」、「確証」などの概念が絡んでくるものです。例えば、容器に美味しい飲み物が半分、50%あるといる事実に対して、人によっては「まだ半分残っている(からまだ楽しめる)」と見るし、あるいは「もう半分しかない(から損した気分)」と見るでしょう。どちらが正しいと言えるのでしょうか?これらの概念はまた引き続きひとりごとします。


酒は百薬の長にすれば良いのです。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

March, Windy Sunrise. São Paulo. Caju©2023


2025年3月

酒は百薬の長にすれば良いのです。

飲酒が多い年末年始がすんだと思えば、当地ブラジルではまた「酒」の季節、カーニバルが来ました。カーニバルイベントの大スポンサーは全部酒類製造企業です。それだけ需要があると言う事ですね。酒飲んでぱあっとやるぞって、カーニバルはブラジル社会の公認の狂瀾怒濤の位置づけでしょう。頭の中も行動も狂瀾怒濤。元々カーニバルはカトリック教会がキリストさんが殺害され3日後に生き返った事を祝う復活祭の前の40日間、カトリック教徒は断食などをしておとなしくしておかないといけない四句節という取り決めがあり、その直前は羽目を外しても黙認するイベントであるという説があります(註1)。

『このぱあっとするには酒の有効成分エタノールの薬理作用が有用なのですな。』

どのような薬理作用かと言うと、「神経抑制作用」です。神経には必ず「動く」x「止める」のセットが回路になってます。つまり、興奮性神経x抑制性神経のセットで前者の出力を調整したり、同期性を制御したり、過剰興奮を防ぐなどを担ってます。このセットがあるから例えば運動神経系であれば歩き始めたら止まる事ができるし、腕を挙げたら必要な高さで止まってくれるのです。認知や思考と関連する脳の中枢神経も同じ興奮性x抑制性のセットがあります。軽く抑制した状況がいわゆるリラックスした状態や多幸感になる訳ですが、抑制が進むと泥酔した状態になります。反対に抑制が効かずに興奮が進む例はパニックなどです。思考の抑制はいわゆる理性的な状況がそれにあたり、社会生活において「言わなくて良い事を言わない」や「考えたとしても言えない」といったような例になります。

アヘンのようなオピオイドや西洋医学で使用する鎮静薬のバルビツル酸系の薬物は使用すると一貫として鎮静的抑制作用がおこりますが、エタノールは特殊な抑制作用があります。然り、少量を服用すると抑制性神経系の抑制がおこり、服用を進めて量が増えていくと、今度は興奮性神経系にも抑制作用がかかるといった選択的抑制作用をもつ物質なのです。なので呑み始めはリラックス・多幸感が得られ、行動も派手になりますが、服用が進むと段々思考が低下して行き、何しているのか分からなくなり、眠くなり、しまいに昏睡します。運動調整も抑制が進むとまともな動作ができなくなってしまします。

『足がもつれる、倒れるやつですな。』

エタノールの神経系への作用を書いてきましたが、他の作用で強調すべきなのは循環器系への作用です。然り、少量では血管拡張作用がおこり、ある程度量が多くなってくると今度は反対に血管収縮作用が現れます。血管の拡張や収縮は末梢血管で顕著にみられます。つまり拡張がおこると皮膚が赤くなり、収縮すると蒼白になります(註2)。この「血管拡張作用」の部分が一番「薬」になるところです。末梢血管が拡張すると言う事は「血行が良くなる」という意味です。非常に簡単な理屈で、血液が行き届かないと細胞は死滅してしまいます。血流にのって、栄養分やエネルギー源、免疫成分が供給され、不要物の回収が行われるのです。血液が行き届くという状況を維持できるのが細胞の活動、つまり命をつなぐ状況になります。

『だから心臓が止まってしまったような事が起こると細胞活動がストップして死に至る。細胞活動が止まって心臓も止まる反対もあるけど。どちらにしても死体に血流はないですな。』

このコラムの25人の読者様は「ブルーゾーン」て聞かれた事ありますか?健康で長寿な人々が数多く居住する地域の事です。2004年にベルギーの人口学者とイタリアの医師に発表された研究を元に米国の研究者が調査して特定された世界5ヶ所の地域です。然り、イタリア・サルデーニャ島、日本・沖縄県、米国・ロマリンダ地域、コスタリカ・ニコヤ島、ギリシア・イカリヤ島の5ヶ所です。科学界の常識とまではいかなく、米国の場合、単に平均寿命が高いコミュニティであるし、沖縄の場合、戦火のため正確な出生記録が残っていないなど賛否があります。世界ばらばらの場所にあり、共通の食べ物や気候がある訳でもないのですが、これらの地域の高齢者の生活に共通する4項目があります:

  1. 規則正しい三食と腹八分目。満腹するまで食べない。
  2. 毎日少量の酒を欠かさない。反面何があっても一定量以上呑まない。
  3. 体を動かす、運動する。
  4. 社会的役割をもっている。

これらの2と3が血行を良くする行為になる訳です。「酒は百薬の長」は東洋で使われる諺で漢の時代の「漢書・食貨志下」に「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」と出典があり、「どの薬(治療法)よりすぐれている」という意味ですが、ブルーゾーンでは共通する食材や治療がない中、エタノールだけが共通点である事もこの諺を実証しているのではないかと考えます。

『酒の部分のポイントは「少量」ですよ。少量。酒はいくらでも飲めば良いと言う事ではありません!』

このひとりごとの冒頭の思考・認知の部分の軽い抑制も社会生活の人間関係の潤滑油になる物質です。酒席が楽しいのは普段の抑制された状況から解き放たれるからでしょう。まあ日本の様にあまりにも社会の同調圧力などが強く、普段では本音がでないので会社の営業などでわざわざ酒席を設けて本音の話をするのに利用されるように、有用といえば有用ですけどね。カーニバルのように羽目をはずすために飲酒するのではなく、ブルーゾーンのように細胞の健康を保つために「賢く」飲酒すると「酒は百薬の長」になります。エタノールの代謝能力は個人差があるので、「百薬の長になる量」は決まってません(でも日本酒一升ではないでしょう)。また、酒の難しいところは、「もうこれで止めておこう」とストップをかける抑制性作用自体が抑制されるので、つい飲み過ぎてしまいやすいですね。なので、自身で「これ位で薬になっている」のを毎回判断するより、事前に適量を決めておいたほうが確実です。

「開業医のひとりごと」では過去にも酒について展開してます。よろしければ合わせて読み返してもらえば幸いです。

『ブラジルではカーニバル期間中は飲酒運転がまかり通ります。むこうは酔っ払ってますので、こちらが気をつけてよけるしか対策がありませんのでご注意を。』


註1:2021年3月のひとりごと「ブラジルでカーニバルが無くなった日」に詳しくカーニバルについて書いてます。

註2:体質によっては皮膚が赤くなるのはエタノールアレルギーが原因の場合がある。このような場合は「皮膚が赤い+多幸感」ではなく「皮膚が赤い+気分が悪い」になるのでたいがい分かります。


 

寓話:カエルの国のお風呂。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

January, Summer Storm. São Paulo. Caju©2023


2025年1月

寓話:カエルの国のお風呂。

そんなに昔でもないある所にカエルの国がありました。あのケロケロ鳴く蛙です。その国は食と住もたいして不自由なく、一般的な国民は幸せに暮らしていました。しいて生活の不満があると言えば、寒い事でした。カエルは皮膚が乾燥する特徴から水陸両用の生活をしてました。乾燥して干上がってしまうと死んでしまうので、どうしても定期的に水に浸かる必要があるのです。ところが、カエルの国の水は冷たいのです。

「あー、この冷たい水ん中入るの、いやだなー。」

寒い時期になると水に浸かるのがおっくうになります。歳いったカエルになると、関節痛だのが悪化するので、もっと嫌がります。でも、水に入らないと自殺行為になりますので仕方ないです。

この様な生活を送っていたカエル達ですが、遠くの国にはどうやら水を温める装置がある事を聞きつけました。水が冷たいのが不満なので、国民全員大関心です。

「温かいお湯に入れるのは絶対にほしい!」

「この国にも新しいやり方を取り入れるべきだ!」

賛成多数だし、需要があるし、国の指導部は水を温める装置の導入に動きました。お風呂という装置だそうです。

「よし、これで国民の幸せ指数が上がるぞ!」国は本格的に全国津々浦々にお風呂を設置しました。カエルの国の指導部の支持率は爆上がりです。温かい水に入る事を”入浴”と名付け、”お風呂設置記念日”を決めて一斉に国民に解放する事にしました。

「入浴するぞー!」

記念日には国民がお風呂におしかけました。カエル達は喜んでお風呂に入りました。こんなのは初めてなのでおっかなびっくりです。みんなちょっとへっぴり腰です。でもこういう時は誰かが一番でドボンします。

「おー、冷たくないぞー!」との声を聞いて、我先に温かい水に入りました。本当に冷たくないです。

「あー、気持ちいい〜…」そんな声ばかり充満です。

「気持ちいい、眠くなるほど気持ちいい〜…」入浴していると、ほどよい温かさで、頭がボーッとしてきました。皆ウツラウツラしてます。

ところが、水の温度が段々上がっていくのが皆よく分かりません。なんせ初めての事ですから。温かくて気持ち良くて皆恍惚状態になってます。もっと水温が上がっていくのがわかりません。そうなのです。遠くの国の”お風呂”なるものは実はカエル用に温かい水を供給する装置では無かったのです。”入浴”した者をダメにする装置だったのです。

気持ち良くなったカエル達はさらに熱くなった水に浸かったまま、煮えてしまいました。

終


これは欧米の「茹でガエル警句」を寓話にしたモノです。英語ではBoiling Frogとよばれ、生きたカエルを突然熱湯に入れれば飛び出して逃げるが、水に入れた状態で常温からゆっくり沸騰させると危険を察知できず、そのまま茹でられて死ぬという説話に基づく警句です。

緩やかな環境変化下においては、それに気づかず致命的な状況に陥りやすいと言う事です。哲学的な説話のようですが、社会人類学、法学、環境学、経済学、経営学、政治学など、色んな分野ででてくる比喩なので、このコラムの25人の読者様もご存じではないかと思います。最終的に望ましくない結果に陥ることを避けるために、緩やかな変化に注意を払う必要性がある訳です。また、補足すると、色んな事が同時多発的に起こり、我々の周りの変化に気付いていない事態になるのも一種の茹でガエルと言えるのだとこの筆者は愚考します。現在我々が生きている社会はこのような事は起こってないでしょうか(註1)?

2025年は大変な変動が予想される年です。周りの変化に留意し、健康を堅持していただきたくようにお祈りして、新年のご挨拶とさせていただきます。今年もご愛読をお願いいたします。

註1:先月NHKの大河ドラマ「光の君へ」が最終回を迎えました。時代劇でも平安時代をテーマにした物は珍しく、筆者は興味があるので全回観ました。平安貴族の優雅な環境は美しく描かれてましたが、最終的に思ったのが、「こんな「頭はお花畑」な生活をしていたから、その後地獄のような戦国時代に突入する事になるのではないか」でした。これって茹でガエルそのものでしょう。NHKが警鐘を鳴らしている訳ではないとは思いますけどね。反対で茹でガエル状態になっている現在の社会を千年前にタイムスリップして喜んでいるだけかも。


お腹が痛いのは何が病気?下腹部編。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Sunrise in May. São Paulo. Caju©2024


2024年11月

お腹が痛いのは何が病気?下腹部編。

先々月からの腹痛のひとりごと第三弾です。今月焦点をあてる下腹部の特徴は生殖器の存在です。現在の世の中では生殖器イコール性別ではないとする事になってきてます。生物学的性差(セックス、sex、sexo)は社会的・文化的性差(ジェンダー、gender、gênero)とは関係ないのだと(註1)。しかし手術して全摘出でもしない限り臓器としての生殖器はお腹の中にありますので好むと好まぬに係わらず、それらの臓器が故障して病気になる可能性はあります。この点、ややこしい医療現場になってきてます。つまり自称女であっても前立腺があったり、自称男であっても子宮があったりでこのような事情にどう対応するかが最先端医療のテーマの一つになってます。

  • 註1:生物学的性差の主たる特徴は遺伝子・染色体にある。男性はXY染色体、女性はXX染色体。まあしかし自身が”男性”であっても”女性”であると”自覚”していれば、社会的・文化的性差は女性で通用する、という世の中です。男女両方であるとか、どちらでもないとか、まだわからんとか、どうでもよいとか十色あるようです。一部の社会ではそんな事は認めておられませんが、我々やこのコラムの25人の読者様の生活圏ではそう言う事なので、そう言う事です。2019年7月のコラム「差別はいけません」でLGBT+に関するひとりごとしてますのでよろしければそちらもご覧ください。

『なので、今回は男性と女性の腹痛は異なるという話。』

上腹部と下腹部の定義は分かりやすく言うと、おへそが境でその上が上腹部、その下が下腹部になります。下腹部に収まっている臓器は「大腸」、「尿路」、「膀胱」、「子宮」「卵巣・卵管」、「前立腺」です。尿路は泌尿器の一部ですが、ここが痛むと三大疼痛の一つと言われるくらい痛みますので特別に記載します。また、狭義では臓器ではありませんが、痛むと命に関わるので大動脈も記載します。次に、腹痛の種類のおさらいをすると「内臓痛」、「体性痛」と「関連痛」の3種類の分類です。下腹部の腹痛はこれらの臓器と3種類の痛みという要素間の関連になる訳です。それぞれ見ていきましょう。

臓器

病名

痛みの原因

痛みの種類、場所

とても痛いヤバい状況

大腸

急性虫垂炎(盲腸)

• 異物(食べ物の種等)

• 糞石

• 二次性感染症

• 内臓痛、体性痛

• 右下腹部、みぞおちから始まる事が多い

• キリキリ痛、鈍痛

• 穿孔性虫垂炎、化膿して穴が開き、腹膜炎が合併

感染性腸炎

• ウイルス感染

• 細菌感染

• 寄生虫

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 腹部全体

• 鈍痛、うねり(波)、刺す

• 結果として脱水状態、栄養不足状態

過敏性大腸炎

• 腸管の異常運動

• ストレス・緊張

• 感染症

• 腸内細菌の乱れ

• 高カロリーや高脂肪食など食事

• 内臓痛、体性痛

• 腹部全体、左下腹部

• 下痢型、便秘型、混合型により痛みが異なる

• 鈍痛、うねり、刺す痛み、膨満感

• ストレスと関係があるので、重篤な不安神経障害を合併した状態

潰瘍性大腸炎

• 大腸粘膜の炎症、びらん、潰瘍

• 原因不明

• 免疫疾患説

• クローン病含む

• 内臓痛、体性痛

• キリキリ痛、刺す

• 狭窄(腸管が狭くなる)

• 穿孔(穴が開く)

• 瘻孔(周りの組織にひっつく)

• 膿瘍(膿が溜まる)

憩室炎

• 憩室症

• 糞石

• 異物

• 二次性感染症

• 内臓痛、体性痛

• 腹部全体

• キリキリ痛、鈍痛

• 穿孔性憩室炎、化膿して穴が開き、腹膜炎が合併

• 瘻孔

便秘

• 大腸の動きが遅い

• 生活環境の変化

• 食事の変化、偏り

• 運動不足

• 水分不足

• ストレス

• 内臓痛、体性痛

• 腹部全体、左下腹部

• 鈍痛、うねり、刺す痛み、膨満感、以外と痛い

• 便が硬くなりすぎて排便できない状態

尿路

尿路結石

• 腎臓結石

• 内臓痛、関連痛

• 脇腹、背中

• 鈍痛、刺す痛み

• 激痛、とても痛い

• 急性腎不全に至った場合

膀胱

膀胱炎

• 感染症

• 薬物中毒

• 異物(結石)

• 内臓痛、体性痛

• 下腹部

• 鈍痛

• 尿閉がおこった場合

子宮

生理痛

• 生理

• ピル服用

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 下腹部

• 鈍痛

• 月経困難症に至った場合

子宮筋腫

• 筋腫が周りの組織を圧迫

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 下腹部

• あまり痛まない

• 鈍痛、膨満感、腰痛

• 捻転

• 梗塞

• 排尿痛に至った場合

子宮内膜症

• 原因不明

• 生理期間に悪化する痛み

• 同上

• 部位は内膜腫ができている場所

• 周囲の組織・器官に癒着した状況

異所性妊娠

• 子宮外妊娠

• 体性痛、関連痛

• 下腹部

• 激痛

• 病期のどこかに係わらずヤバい症状

子宮・膣感染

• 性感染症

• 細菌性感染

• 体性痛、関連痛

• 下腹部

• 鈍痛、無症状・無痛あり

• 感染症が拡大した状況

卵巣・卵管

排卵

• 生理現象

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 左右脇腹、下腹部腰

• 普通は弱い痛み

• 他の女性生殖器の疾患が合併している状態

卵管炎

• 内膜症

• 感染症

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 左脇腹、右上腹部、みぞおち

• 鈍痛、シクシク痛

• 症状が急性化した場合

卵管膿疱

• 原因不明

• 膿疱の増大

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 左右脇腹、下腹部腰

• 鈍痛

• ヤバくならないと痛まない

• 膿疱破裂した状態

卵巣軸捻転

• 卵巣囊胞

• 妊娠

• 運動

• 内臓痛、体性痛、関連痛

• 左右脇腹、下腹部腰

• かなり強い刺す痛み

• 卵巣破裂

• 梗塞、壊死した状態

前立腺

急性前立腺炎

• 感染症、細菌性

• 体性痛、関連痛

• 下腹部、腰痛

• 鈍痛、筋肉痛、関節痛

• 敗血症に至った場合

• 尿閉

慢性前立腺炎

• 非細菌性

• 体性痛、関連痛

• 下腹部、腰痛

• 鈍痛、放散痛、不快感

• 尿閉

• 血精液症

大動脈

大動脈瘤

• 破裂が差し迫る

• 体性痛、関連痛

• 下腹部、腰痛

• 激痛

• 大動脈解離

• 大動脈破裂

臓器ではないのですが腹痛になる原因として記載を忘れてはならないのが、腹壁です。大きく分けて内側と外側の問題が挙げられます。内側は腹腔内全体に「腹膜」と呼ばれる膜があり、これが損傷したり炎症をおこしたりするとかなり痛いです。腹膜は単独に病気にはなるのは希で、普通はお腹の中のどれかの臓腑が故障して付近の腹膜部分も巻き込まれるパターンです。外側には筋肉・皮下脂肪・皮膚があります。腹痛の原因としては比較的頻繁に「腹壁ヘルニア」が認められます。筋肉が弱くなり、腹部内の内容物(たいがい腸と脂肪(大網・小網))が飛び出る疾病です。なりやすい場所は臍と鼠径部で、普通ひどく痛みませんが、腸が突出して脱腸状態になり、ねじれたり詰まったりする嵌頓(かんとん)になると緊急手術が必要になります。

腹部の癌に関する話は先月のひとりごとをご覧下さい。今月記載した臓器・器官のいずれも癌になる可能性はあります。発病率が高い部位は男性は前立腺、大腸、腎臓、前立腺、膀胱の順、女性は大腸、子宮、卵巣、腎臓の順です。

命に関わる腹痛はすぐに処置する必要があります。次のように発症してあまり時間が経っていない(1週間以内)、「急性腹症」と呼ばれる状況は外科的措置が必要な場合が多いのでガマンしてないですぐに受診する必要があります:

  • 突然発症した腹痛
  • これまでに経験した事がない腹痛
  • とても痛く、耐えがたい腹痛
  • 時間が経つにつれて増してきた腹痛
  • 安静にしても6時間以上続く腹痛
  • 嘔吐、発熱、胸痛、下血、呼吸困難、意識低下が伴う腹痛

『ヤバい状態は個人差がある耐性に左右されるので、どうもおかしいなとか、ちょっとわからんなとか疑問がある場合は念のため診察を受けたほうがよいと考える。かかりつけ医がいる方は相談事項です。』