社会全体の取り組みが必要です。

By: Kazusei Akiyama, MD

Transparency. Nakanoshima. ©Caju 2018


社会全体の取り組みが必要です。

2018年12月

今回はまずこのコラムの24人の読者様へのお礼からです。本稿でひとりごと100回目になりました。毎度のご愛読とお付き合いありがとうございます。実は自身でも驚きですね。よく言われるのが、「まあこれだけ話題があるものだ」ですが、人間の生活をテーマに書いているのでネタは無尽蔵にありますね。丁度良い機会なので、前号全てを振り返って見たのですが、以外と今まで展開したことのない話がありました:「未病」についてです。

『最近では日本のK大臣が不正広告をした事件でその広告に出てくる著書が「未病云々」で、折角の漢方用語が不名誉な話に出てきてハラハラしながら見てます。まあ、ただ「広義の未病」を言っておられるようなので、必ずしも漢方医学の「未病を治す」知恵とは少し範囲が違う感じがします。未病とは「未発の疾病」のことで、大臣の場合、病気になるのを防げたら医療費削減になる、寿命が延びるなどを言っておられる。これに行き着くのに、定期健診(註1)や食事指導など予防医学的な手法をもってするというそうです。』

  • 註1:トイレにセンサーをつけて健康状態を把握するといった提言もありますな。

ただし、「未病を防ぐ」のと「未病を治す」(註2)のでは大きな違いがあります。「防ぐ」は「治す」の一部でしかありません。漢方医学の教科書をみると未病を治すとは①疾病に対する予防、②早期治療、③疾病の発展傾向を掌握する、とあります。西洋医学の予防医学の概念では予防は一次から三次まであり、次のように考えられます:

  1. 一次予防が公共政策などで実施される健康保持で、市民全体を対象にした予防接種、水道水のフッ素添加など;
  2. 二次予防が特定の人口に対する健康状態把握で、企業の定期健康診断、妊婦健診など;
  3. 三次予防が既に診断がついている疾病の治療で、慢性の糖尿病や高血圧症などを早期治療して悪化・進化させないなど、

になります。この観点からみると、西洋医学的な考え方では漢方医学の①と②にあたり、③はありません(註3)。

  • 註2:「みびょうをちす」と読みます。。
  • 註3:この「発展傾向」は現在進められている遺伝子解析で試みられているが、疾病全般的にはほど遠い。

勿論1次から3次予防は重要です。日本人の疾病構成に大きな影響を及ぼしたのが「減塩政策」であるのは記憶されていると思います。それにより、「脳血管疾患」による死亡(註4)が1960年代から1970年代には1位だったのが、現在3位までに後退した原因とされてます(図:日本国厚生労働省人口動態統計資料より)。

  • 註4:この場合、脳溢血、脳出血による死亡の事ですね。

しかし、一番難しく、かつ挑戦的であるのが漢方医学の「傾向把握」です。言ってみれば、これこそ未病を治す知恵の一番根幹にある部分ではないでしょうか?東洋医学の古い本には「上工(註5)は未病を治すとは何ぞや。師の曰く、夫れ未病を治す者は、肝の病を見て、肝脾に伝うるを知り、当に先ず脾を実すべし。」(註6)と出ています。これを現代風に考えると、現在患者さん(健康人でもいいです)の状態と置かれている取り巻く環境の考察が治療(あるいは健康維持)に重要になると言うことでしょう。

  • 註5:工とは昔の中国で医師の呼び方。「下工は症状を治し、中工は病原を治し、上工は未病を治す」とある。
  • 註6:東洋医学の五臓六腑の概念では肝と脾は相剋関係にあるので、肝の病が溢れて脾を傷付ける。紙面の関係で詳しく書けませんので、知りたい方はネットで「漢方相剋関係」を検索してください

簡単な例を挙げると、仕事のストレスで心身症に罹患している場合、個人に向精神薬を出すことも重要ですが、仕事環境の改善をしないと完治は見込めません。また、全ての仕事をしている人がストレスになる訳でも、またストレスになれば心身症になる訳でも無いのは、個人差や環境差があるのは理解できます。さらに大きく地域や行政単位で考える事も可能です。例えば現在日本の人口の四割以上が発症している花粉症、これは杉花粉に対するアレルギーが多くを占めてます。一般的に、特に行政サイドからは、杉花粉が大量にあるからだと言われてますが、全くの見当違いだと思います。アレルギー疾患はある抗原に対し身体が感化すると、その抗原に接触すると多い少ないに関わらず発症します。抗原が多いとは「接触する機会が増える」だけで、多いために発症しているのではないのです。従って、正しい対策方法は「抗原(杉花粉)を減らす」のではなく、「アレルギーにならない身体造り」なのです。この考え方を社会全体で共有しているかというと、残念ながら見当たりません…

診療所では個人的に考慮した健康法や食事指導などを行ってますが、あまりにも「周りの環境」が要改善なので、効果は限定的になってしまいがちであると医療現場で感じます。現在人類は「平均寿命が増えているので良し」とする傾向が強いと思われますが、健康な、地球が持続可能な、寿命の増加なのでしょうか?ブラジルにはenxugar o gelo氷を拭う(註7)という表現がありますが、そうならないように現時点では未病を治するには、患者さん個人の努力もさることながら、社会を構成する組織、企業、行政なども全体になって取り組む必要があるというのがひとりごとを100回して強く感じる結論です。

  • 註7:どこまでやっても終わりが無い、いつまでたっても十分でない等の意味。