糖尿病治療で医術を考える(I):もともと糖尿病とは?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Japanese mud wall. Marugame. Caju©2023.


2023年4月

糖尿病治療で医術を考える(I):もともと糖尿病とは?

今月のひとりごとはいきなり真面目な医学の本題です。コロナ禍も落ち着いてきた(?)感がある世の中ですが、現在サンパウロでコロナ2価ワクチン接種行われています。接種を推奨されている人口は高齢者と既往歴のある方です。コロナの重症化や死亡の話で必ず出てくるのが「糖尿病」です(なので糖尿病既往歴は要留意)(註1)。糖尿病は世界各地で増え続けている疾患です。WHOによると2006年に世界で1億7千万人の患者がおり、2030年にはその数が2倍になる試算です。ブラジルでは2050年に成人人口の30%が糖尿病になっているであろうといった試算もあります。日本人も例外ではなく、「糖尿病が強く疑われる人」は男性で人口の約20%、女性で約11%(2019年)にまで身近になっている健康上の問題です。(図1:日本における糖尿病人口の推移、厚生労働省より転載)。

  • 註1:2021年末までのデータでは、サンパウロ州での新型コロナウイルス感染症で死亡した人の42%が糖尿病の既往歴があった。一番多い既往歴は心臓疾患の58%、肥満が14%。心臓疾患も肥満も糖尿病と関連する疾患なので、コロナ死亡に糖尿病が絡んでいる可能性はさらに多い。

『みんな糖尿病って本当に、わかっているのですかね?臨床の現場でみてると、「糖尿病の可能性を否定できない人」は結局注射で治療になるまでは結構ナメてかかっている感じですな。進行が静かな疾患の代表的なモノなので、症状が出てきた時になってやっと慌てるのだな。でもその時には後戻りができない。損傷が起こった分は修復しません。』

実際ここ「開業医のひとりごと」でも糖尿病は何回も出てきているのですが(註2)、見直してみると関連の話ではなく詳しく解説したのは2012年にHbA1Cという検査項目の基準が変更した1回のみでした。診察室でもここ10年前と比較してより”強い”投薬治療が必要な患者さんが増えているのが観察できます。と言う事で、今一度我々人類の将来を脅かす「糖尿病」についてひとりごとします。内容がたくさんあるので、数回に分けた連載にする予定です。今回1回目はそもそも糖尿病とは何かについて考えていきます。

糖とは「ブドウ糖」の事で、食事由来の人体を動かすエネルギー源です。食事の炭水化物が代謝され、ブドウ糖になります。その「糖」が「尿」に現れるので、「糖尿」という言葉になります(欧米ではdiabetes(ポル語でも)、ラテン語のDiabetes Mellitus、「尿が透過する、漏れる、多尿」と「密のように甘い物」が語源)。小便を舐めると甘かったり、立ちションに蟻が寄ってくるので、自然現象としては古くから知られており、紀元前の文献に記載があります。西洋医学で疾患と認定されたのは1812年でしたが、かなり最近まで謎の病気とされてました。1889年に犬を用いた実験で膵臓を摘出すると糖尿病で死亡する事が確認され、1910年に膵臓で産生される物質が関与しているのではないかと仮説が立てられ、ようやく1921年に実証実験(註3)が成功したのです。この物質は膵臓の膵島/ランゲルハンス島と呼ばれる部位から分泌されているのでラテン語の”島”insulaからinsulinインスリンと命名されるに至ったのです。

  • 註3:膵臓摘出した犬に健康な犬の膵島摘出液を投与すると糖尿病が寛解する実験。

インスリンはホルモンの一種と分類されます。このホルモンの作用により、食物が消化・代謝されたブドウ糖をそれを必要とする細胞、主に筋肉と脳神経細胞に取り込まれます。インスリンが不足すると、使用されるために血液にあるブドウ糖が細胞に取り込まれなくなり、血中濃度が高くなります。あるいはインスリンは十分あるが、細胞側が取り込む能力が不足すると、同じ結果、ブドウ糖の血中濃度が高くなります。ある一定の濃度であると、腎臓はブドウ糖を「漏らさないように」再吸収しますが、普通の許容範囲を超すと(註4)、「溢れてしまい」、尿に糖が出て「尿糖」と呼ばれる状態になります。

  • 註4:腎性糖尿は別。ブドウ糖の血中濃度に問題はないが、腎臓の機能異常でブドウ糖が再吸収されないので尿中に排泄されてしまう。

『要するに、一般的な糖尿病の尿糖はそれ自体は問題では無く、インスリン故障の結果なのですな。』

但し、糖尿病の診断は尿糖の有無でされるのでは無く、血糖の代謝に関する血液検査や代謝試験などで決まります。なので、尿糖が無くても糖尿病の場合もあるのでそのあたりの尿検査結果で安心してはいけません。「糖尿病の可能性を否定できない人」といった分類があるのは、「確実に糖尿病」がある人とない人の間がかなりある事や、1回や1項目の検査で確定診断ができないからです。また、「耐糖能異常」と呼ばれるグレイゾーン、予備軍は一昔前はなかった概念です。昔は大雑把に、「若年性糖尿病(diabetes juvenile)」と「老人性糖尿病(diabetes senile)」と分類され、前者は先天性なインスリン分泌欠損のため子供に現れ、後者は生活習慣や肥満など後天的な問題のため中年以上に現れるモノと考えられてました。しかし、現在では老人性糖尿病の病態とされていた状態が子供にも見られる恐ろしい世の中になってきてます。現在では次の分類が一般的です。

表1:糖尿病と糖代謝異常の成因分類と特徴

発症機構

家族歴

年齢

肥満度

自己抗体

1型

絶対的インスリン欠乏

 A.自己免疫性

 B.突発性

少ない

小児〜思春期に多い

関連無し

陽性、関連あり

2型

インスリン代謝異常

A.インスリン分泌低下

B.インスリン抵抗性

C.インスリンの相対的不足

多い、家系内血縁者に糖尿病歴

40歳以上に多い

大変関連あり

陰性

その他

インスリン不足

 A.膵臓関連の遺伝子異常

 B.膵臓疾患

 C.内分泌疾患

 D.肝疾患

 E.薬剤性

 F.感染症

 G.免疫性

 H.その他の遺伝的症候群

遺伝子異常や免疫系の場合あり

全年齢層

関連無し

陽性の場合あり

妊娠糖尿病

インスリン代謝異常

あり

高齢出産に多い

関連あり

不明

 

表2:糖尿病の病態による分類

糖尿病の病態

インスリン依存状態

インスリン非依存状態

特徴

インスリンが絶対的に欠乏している。

生命維持のためインスリン投与が不可欠。

インスリンの相対的不足。

生命維持のためのインスリンは必要ではないが、血糖コントロールを目的に使用される事がある。

臨床指標

血糖値が高く、不安定。ケトン体増加が多く見られる。

血糖値は比較的安定。ケトン体増加は一般的ではない。

治療

インスリン療法

食餌療法

運動療法

食餌療法

運動療法

経口薬療法

注射薬療法

インスリン療法

インスリン分泌能

不在〜低下

低下〜正常

『つまり、糖尿病とは体内でインスリンの扱いが故障した状態なのですな。』

次回はブドウ糖の血中濃度が高いとどうして人体に悪いのかを考えてみます。