ハレンチってエッチじゃないの?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

June. Little bit foggy morning. São Paulo. Caju©2018.


2025年6月

ハレンチってエッチじゃないの?

いきなりですが、このコラムの25人の読者様、「ハレンチ」ってどう解釈されてますか?筆者は7割方はエッチ、つまり性的な意味合いをもつ言葉だと思ってましたが(註1)、なんかモヤモヤするのです。それでお勉強してみたら、やはり元々の概念と最近の用途ではギャップがあるのがモヤモヤの原因でした。「ハレンチ」は漢字で「破廉恥」と書き、「廉恥」が破られる、無くなる、壊れる、つまり「清らかで恥を知る心が失われる」ことを指します。広辞苑によると「廉恥」とは「心が清らかで、恥を知る心がある事」。したがって破廉恥とは恥を恥とも思わず平気でいる事、不正を平然と行う態度を意味します。でも最近は「恥を恐れない」といった意味合いで使われているようです。

  • 註1:「ハレンチ」が性的な意味合いを持つのは、刑法上の公然わいせつ罪やわいせつ物頒布等罪など、わいせつ行為に関連するイメージによるものと考えられる。

『お勉強を進めてみると、「恥」や「不正」の概念は東洋と西洋では随分違うのが分かるのだな。なので、今回も東西考、日本とブラジルの文化を比較しながら破廉恥の意味と現代社会での役割を考えていきたい。』

「破廉恥」という言葉は、道徳的または社会的な規範を著しく逸脱し、羞恥心を欠いた行為や態度を指します。この概念は、時代や地域によってその意味や社会的役割が異なり、日本では歴史的に「恥の文化」に根ざし、集団の秩序や礼節を保つ基盤でした。戦後の道徳教育で、公の場で大声を出す、性的な話題を公然と語る、露出度の高い服装などが「破廉恥」と非難されることがありました。しかし近年では、グローバル化や個人主義、インターネットの普及で価値観が多様化する現代では、「破廉恥」という言葉の効力や意義は揺らいでいると考えられます。性的少数者の権利の尊重、身体の自由、自己表現の多様性が社会的に認められつつあり、「破廉恥」とされた行為の一部が「個人の自由」として再評価される場面も増えているようです。

反面、現代の日本社会は依然として「空気を読む」「和を乱さない」といった同調圧力の文化が根強く残ってます。結果として、ある集団では自由とされる行動が、別の文脈では「破廉恥」とされるといった矛盾も生じます。たとえば、若者文化においては奇抜なファッションや過激な表現が受け入れられますが、高齢者層や保守的な地域社会では眉をひそめられることもあります。つまり、「破廉恥」という概念は一様ではなく、時代や立場、文脈によってその意味合いを変化させているわけです。

一方、ブラジルにおいては「破廉恥」に直接対応する語として「vergonha(恥)」や「sem vergonha(恥知らず)」などがありますが、文化的な意味合いは日本とは大きく異なります。ブラジルは多民族国家、多文化社会であり、ポルトガル植民地時代、先住民族、アフリカ系奴隷、欧州や東洋の移民の文化が融合し、個人主義と集団主義が混在する独特の価値観を持ちます。そのため、倫理観や公共空間での振る舞いに対する基準も多様になります。

ブラジルのカーニバル文化は、破廉恥の概念を考える上で興味深い事例です。カーニバルでは、社会的規範が一時的に緩和されます。普段はタブーとされる大胆な表現が許容され、露出度の高い衣装や派手な踊りが文化的祝祭をして容認されます。これは、破廉恥の概念が状況依存的であることを示しています。ただし、カーニバル外での同様の行為は、破廉恥とみなされる可能性があり、文化的文脈の重要性が分かります。一見、日本の保守的な目線から見ると「破廉恥」とされる行為が、ブラジルでは「解放」「祝祭」「自己表現」として評価されます。この違いは、国民性や宗教、気候、歴史的背景によるもので、ブラジルにおける「恥」の概念は日本ほど行動を抑制するものではありません。

『そんなブラジルでも腐敗や暴力、差別といった行為は、現代ブラジル社会において「不名誉」とされ、強い批判を浴びる。10年ほど前からサンパウロ市のパウリスタ通りで度々発生する大規模デモは、政治腐敗や社会的不正への抗議として、「恥知らず」な行為を糾弾する動きの好例だろう。』

日本とブラジル双方で、SNSの普及は破廉恥の概念に新たな次元を加えたと思います。個人の行動が即座に拡散され、破廉恥とみなされる行為が世界的に注目されるようになる一方、過剰な監視やキャンセルカルチャー(註2)は、個人の自由を制限し、対話を阻害するリスクを伴います。インターネットでは「バズる」こと、つまり話題になることが重要視され、刺激的で過激な言動が注目を集めやすいです。その中で、かつては「破廉恥」とされた行為が、むしろ「話題性」や「個性」として受容されるケースも増えているのが現状です。

  • 註2:キャンセルカルチャーとは、特定の人物や企業が不適切な発言や行動をした際に、SNSなどで糾弾し、不買運動やボイコットなどを呼びかけ、社会的に排除しようとする動き。「キャンセル」を叫び、切り捨てる行動からこのように呼ばれるようになった。2020年8月のひとりごと「物事の本質を曝露させたコロナかな。」で展開してます。

特に若年層では、「恥」を恐れずに自己表現を行うことが、成功や影響力につながることもあるとされてます。TikTokやInstagramでは、性的な要素や過激な発言がバイラル(註3)になる例が世界中で見られます。日本においても、そうした表現が商業的成功を収める一方で、炎上やバッシングといった形で「破廉恥」が再確認される場面もあります。ブラジルでは、ネット上の自由な表現が文化的に受け入れられやすい傾向がある一方で、政治的・宗教的な価値観との衝突も頻発してます。たとえば、LGBTQ+の表現に対する支持と反発の両方を引き起こし、公共の場での行動が物議を醸すこともあります。

『つまり、「破廉恥」の判断基準は、文化の中における価値観の対立を反映しているとも言えるのであろう。』

日本では、伝統的価値観と新しい自由の在り方がせめぎ合い、ブラジルでは多様性と宗教的保守性が複雑に絡み合っています。結局「破廉恥」という概念は、単なる道徳的評価を超え、社会における「正常」と「逸脱」の境界線を可視化する機能を持っていると思います。

『その境界線がものすごくあいまいになりつつあるけどね。そして今の社会、日本でもブラジルでも「破廉恥」だらけに見えますけど。25人の読者様にとっての「破廉恥」って、どんなものですか?』

  • 註3:viral、ウイルスの。情報やコンテンツがウイルス感染のように急速に広まる様子。

 

ブラジルの予防接種スケジュール0〜14歳

by: Kazusei Akiyama, MD


ブラジルの予防接種スケジュール

当地には2種類のスケジュールがあり、公式スケジュール(Programa Nacional de Imunização)は保健所や公共医療機関などで無料で提供されるワクチン。外国人であっても無料です。小児科学会スケジュール(Calendário Vacinal da Sociedade Brasileira de Pediatria)は民間の医療機関で有料で接種されるワクチンであり、公式スケジュールの拡張版です。

公式スケジュールは低コスト、高カバー率のワクチンを使用した公衆衛生を優先するスケジュール、小児科学会スケジュールはより広範なワクチンを利用し、個人保健を優先するスケジュールです。医学的に考えると公式スケジュールは最低限の疾病予防をしており、十分だと言えます。民間の分はそれのプラスアルファで更に予防をする希望があり、経済的余裕のある家族向けです。

当地ブラジルは予防接種政策に関しては世界的に予防接種先進国と認知されており、成功の歴史があります。1975年に始まったPrograma Nacional de Imunização(PNI、予防接種国家プログラム)のプログラムのおかげでブラジル人は大変ワクチン好きで、インフルエンザワクチン導入時の接種率の高さや新型コロナワクチンが配布された時の一般人の関心と支持は日本の比では無かったです。

過去のひとりごと「今度はサル。また変なモノ出てきましたな。」にワクチンについて書いてますので、併せてご検討ください。。

ブラジルの予防接種スケジュール:ブラジル国保健省の公式スケジュール2024/2025年版


ブラジルの予防接種スケジュール:ブラジル小児科学会の推奨スケジュール2024/2025年版

このページへのリンクやコピーは出典(https://www.akiyama.med.br/jp/vaccine-brazil-children/)を明示の上、ご自由にしていただけます。


 

 

患者になるのも要デジタルリテラシーの世の中

By: Kazusei Akiyama, M.D.

May: Little bit cloudy sunrise. São Paulo. Caju©2022.


2025年5月

患者になるのも要デジタルリテラシーの世の中

先月の前半、日本でのマスメディアは壱岐島沖でドクターヘリが墜落したニュースで占められてました。2025年4月6日、長崎県対馬市から福岡市へ患者を搬送中のヘリコプターが、壱岐島沖約27kmの海上で転覆しました。6人全員が救助されましたが、患者と付き添い、医師の3人が死亡しました。ヘリは佐賀の航空会社が運航し、福岡和白病院から委託を受けていました。海上保安庁は事故原因を調査中。この事故は離島医療の課題を浮き彫りにし、ヘリ運航の安全基準見直しや遠隔医療への依存増加が議論されています。特に運航会社と病院への批判が強く、日本の同調圧力文化が影響を与える可能性が大きいと思います。「落ちるかもしれないヘリコプターに患者を乗せて病院は無責任だ!」と言った論調に悪意と浅慮を感じて憤慨しているのが今月のひとりごとの素です。

ドクターヘリは、緊急医療現場に医師や看護師を迅速に派遣し、現場で治療を行いながら患者を医療機関へ搬送するヘリコプターです。救急医療に必要な機器や医薬品を搭載し、特に離島や山間部での救命活動に役立ちます。車両が到達できる陸地では、救急車よりも早く治療を開始でき、特に重症患者の救命に効果的です。しかし、間に「海」がある場合、離島ではヘリ搬送が「最後の砦」です。福岡和白病院は民間資金でヘリを運用し、対馬の命を支えてきました。残念な事に批判が強まれば、こうした民間努力が減少し、遠隔医療の格差が拡大する恐れがあります。実際、この病院は離島からのヘリ輸送を無期限運行停止してしまいました。運航停止は緊急搬送の遅延や医療アクセスの低下を招き、遠隔地の患者に直接的な影響を与えます。マスゴミは自分が離島に住んでいないので、事故の話題性ばかりに焦点をあて、表面的な責任追及に終始しているように見えます。もっと根本的な、離島医療の資金不足、民間ヘリの安全基準の曖昧さ等、構造的な問題が議論されているようには思われません。

『離島に高度な医療機関がそろっていれば別にヘリなど飛ばさないでいいでしょ?無いから飛ばさないといけない、そんな単純な事もわからんのか。』

しかし、筆者が思うに、これは反対にヘリ運航のリスクがクローズアップされたことで、テレメディシン(telemedicine、遠隔医療)やドローンによる医療物資輸送など、非物理的な遠隔医療技術への投資や導入の議論が加速する良い機会にしないといけないと。ヒトの健康や感情を扱うモノである以上、医療文化は人間生活の中でも保守的な分野に入ると思います。また、医療は高額な経済活動であるため、色んな利権が絡み、これも革新を拒む一員でしょう。ドクターヘリや遠隔医療に関しても、「とんでもない事態」が起こらないと引き金にならない歴史があります。

ドクターヘリはHEMS(Helicopter Emergency Medical Services、医師を乗せた緊急医療ヘリコプター)が欧米式の正式名称で、欧米では1970年代より運用が始まってます。ブラジルでは1980年代に主に都市部で交通渋滞を回避する手立てとして定着するようになりました。これは革新というより、民間主導で富裕層向けの救急サービス、つまり、更に高額な経済効果を見込んだモノでしょう。ただ、実際このサービスは交通事故や心臓発作患者の生存率向上に寄与する実績が認められたため、消防や警察のヘリで公的機関がサービスするようになり、2000年代にブラジル保健省が全国緊急医療サービス(SAMU: Serviço de Atendimento Móvel de Urgência、2003年設立)の一環としてHEMSを強化してます。日本では緊急医療におけるヘリコプターの使用は消極的だったのが、1995年の阪神・淡路大震災が転機となり、迅速な医療アクセスと搬送の必要性が認識され、この災害での被害(死者6,434人、負傷者43,792人)は、HEMS導入の議論を加速させました。正式には2001年に運用開始があり、以降ドクターヘリは全国に拡大し2022年4月時点で、47都道府県中45都道府県に56機が配備されるまでになってます(註1)。

『つまりヘリの場合、大震災が起こらないと重要性が分からなかった。ブラジルの場合は大渋滞か。』

  • 註1:ブラジルでは全国で約50機。警察へりなど緊急搬送に使用される機材はもっと多いが、ドクターヘリは、医師や看護師が搭乗し、現場で初期治療を行えることが定義であるため、単に患者や怪我人を搬送するヘリコプターがドクターヘリと言うわけではない。

遠隔医療(テレメディシン)に関しては、日本の場合、遅々と整備が進まない状況でした。日本の医療文化は、医師と患者の信頼関係を重視し、対面での診察を伝統的に好む環境が遅延の一番の理由とされます。1997年には遠隔診療が認められましたが、医師法では対面診療が原則とされ、初期はフォローアップケアに限定されていたり、規制緩和があっても禁煙治療など一部条件つきの制度でした。それが2020年の新型コロナ禍で状況が一変し、初診の遠隔診療が解禁され1万以上の医療機関が新患者のオンライン相談を提供し、医療アクセスの拡大に寄与してます。しかし、対象疾患や保険適用には依然として制限があり、遠隔診察の保険点数は対面の約70%に設定されているため収益性が低く、導入が進まないようです(註2)。ブラジルでは僻地の医療拡充に有用ではないかというくらいの位置づけで1980年代から議論がありましたが、結構医師側の抵抗があり、医師の60%がテレメディシンの診断精度や法的責任を懸念し、消極的でした。ある程度成功していたのは、遠隔地から送信される画像の診断と海洋油田で勤務している労働者(註3)への医療サービスでした。石油プラットフォームにはメディック(救急救命士や看護師)が常駐し、簡易診療所を運営しており、常駐医療体制があるといえますが、高度な診断や治療には陸上の専門医の支援が必要になります。海洋油田は労働リスクが高く、作業員は重機事故、爆発、落下、化学物質暴露などのリスクにさらされ、急性外傷(骨折、頭部損傷)、心疾患、熱中症が頻発;非労働関連疾患(消化器疾患、感染症)も約40%を占めるといったデータもあります。海洋油田の特殊な環境が、ブラジルのテレメディシンを技術的に進化させたのは間違いないと考えられます。このように利用が限定的であったのが、2019年に規制緩和があり、遠隔診断、処方、カウンセリングが合法化されました。そこへ2020年の新型コロナ禍で緊急措置としてさらに緩和され、民間投資と規制緩和でテレメディシンが急成長し、都市部での受容が進んだ現状と言えます。

『遠隔医療の場合、新型コロナパンデミックが転換点と言える。』

  • 註2:更に、APPI(個人情報保護法)の厳格な適用が求められ、医療機関は高コストのセキュリティシステムを導入する必要がある。これが特に地方の小規模施設で障壁となっている。
  • 註3:ブラジルは、リオデジャネイロやサンパウロ沖の100〜300km以上の遠隔地に位置する世界最大級の海洋油田を開発している。これらの油田は、数千人の作業員が海上プラットフォームや掘削リグで働き、広義では日本の離島の医療事情と似ているところがある。

ドクターヘリの大きな問題点は「過剰トリアージ」でしょう。過剰トリアージ(over-triage)とは、緊急性の低い患者や軽症患者を、緊急度の高い患者向けのリソースで対応してしまうことです(註4)。ドクターヘリは運用コストが高額であるので最悪になります。この現象の解決策(註5)の一つにテレメディシンを活用し、初期診断の精度の向上を目指す方法があります。反面、テレメディシン運用で陸上医師の慎重すぎる判断が、HEMSの不適切出動を招く事態も無視できません。

  • 註4:サンパウロ州のHEMS(2018年)では、搬送患者の約30%が打撲、軽度骨折などの軽症で、地上搬送で十分だったと報告がある。
  • 註5:トリアージプロトコルの標準化(いつ使うか);救急救命士や医療従事者への訓練の強化(どう使うか);民間HEMSの過剰派遣の規制(商業的動機の抑制);地上医療の強化(HEMSへの過度な依存を軽減);市民教育(過剰要請の抑制)。

遠隔医療の1番大きな問題点は診断精度です。対面診療に比べ、テレメディシンは診断ミスリスクが高くなります。2番目の問題点は最低スマートホンを始めとする電子器機を使用しないとできない医療行為であり、高齢者や低学歴層のデジタルリテラシー不足が、テレメディシンの利用を阻害します。今回のドクターヘリの件でも見られるように、遠隔医療の重要性に疑問の余地はないと思われます。待ち時間や移動時間の短縮などのコスト削減的な経済効果や医療のアクセスの改善といった医療の民主化効果もあります。このコラムの25人の読者様の生活圏のブラジル、特に都市部では社会受容性高く、筆者の診療所でもテレメディシンがすっかり定着してます。賢くご利用いただければ心強い保健ツールになることは間違いないと考えます。

『したがって、要デジタルリテラシーの世の中です。デジタルは使えるようにしましょう。』


 

医者のウソは方便なのか?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

April: Clear sunrise. São Paulo. Caju©2021


2025年4月

医者のウソは方便なのか?

先月のひとりごと、「酒」の話で今まで書いてきた「開業医のひとりごと」を引用するため一通り目をとおしてみると、「またの機会に展開します」話が色々ありました。その内の「医者のウソは方便」が今の時代と衝突する感じで気になりましたのでこのテーマで今月は展開していきたいと思います。

まず定義からいきましょう。「ウソ」とは意図的に事実と異なることを述べることです。例えば、「昨日は遅くまで働いてたよ」と言うのが本当はそうでなかったら、それは嘘になります。動機は様々で、冗談、自己防衛、あるいは他人を騙すためかもしれません。正しいとか間違っているはともかく、基本的に誰かを「誤解」させたりするための行為でしょう。いわゆる「意図的な虚偽」です。特に西洋社会は個人主義が強いので、嘘は「個人の信頼」や「自己の誠実さ」を損なうものとして重く見られがちです。「方便」は仏教の「upāya」という概念からきており、真実をそのまま伝えるのではなく、相手の理解や救済のために適切な手段であり、時に嘘を使うことがあります。ここから「嘘も方便」という日本の慣用句にもつながり、続いて「医者の嘘も方便」といった言い回しができるのですね。

この考え方からいくと、ウソは悪いモノではないと言うことになります。本当に悪いモノではないのでしょうか。西洋と東洋では捉え方が違います。東洋社会では個人より集団の和が重視されるため、嘘がグループの調和やメンツを保つために使われることがあります。例えば、上司や親戚に失礼にならないよう本音を隠す「建前」は、嘘の一種とも言えますが、社会的に受け入れられています。だから「医者の方便」のように相手のためになる嘘は肯定的に捉えられる訳です。西洋でももちろんwhite lie(白い嘘)という同じような悪意のない、相手を傷つけないための嘘は許容される概念がありますが、どちらかいうと良いか悪いかの二元的になりがちだと考えます。反面、東洋では自然の流れに従うことが重視され、嘘か真実かという二元論よりも、状況に応じた柔軟性が優先されることがあります。嘘が「調和」や「バランス」を保つなら、必ずしも否定されません。ウソが「悪い」とされるかどうかは、状況や文化、意図によって変わるので、一概に「悪い」「悪くない」とは言えない部分があります。

『西洋が「(はいyes)か(いいえno)か」のバイナリデジタルで成り立っているのに対し、東洋では(はいyes)、(いいえno)、(はいといいえのどちらもyes and no)、(はいでもいいえでもないnot yes nor no)の4パターンあるそれだな。(註1)』

  • 註1:インド文化の概念です。

ここまで来るとこのコラムの25人の読者様はウソはそんなに悪いモノではないと思うようになってきてませんか?もう一度整理してみます。

 

◎嘘が「悪い」とされる理由

一般的に、嘘が「悪い」とされる背景にはいくつかの要素があります:

 信頼の崩壊: 嘘がバレると、人間関係や社会の信頼が損なわれる。例えば、友達に「昨日会えなかった」と嘘をついて別の予定を優先したら、信用を失うかも。

 害を与える可能性: 他人を騙して利益を得たり、傷つけたりする嘘は非難されやすい。企業のCSRで「環境に優しい」と偽るのも、消費者を誤解させて害を及ぼすから問題視されます。

 道徳的規範: 西洋のキリスト教(「偽りの証言をしてはならない」)や東洋の儒教(「信が重要」)など、多くの文化で「真実を語る」ことが美徳とされ、嘘はそれに反するものとされます。

 

◎嘘が「悪くない」場合

でも、嘘が必ずしも「悪い」とは限らない状況もあります:

 相手を守る嘘=方便:「医者のウソは方便」のように、患者に「大丈夫だよ」と言う嘘が不安を和らげるなら、それは優しさや思いやりからくるもの。プラシーボ効果(註2)を狙っているウソもありますね。東洋の「嘘も方便」は、まさにこの考え方ですね。例: 子供に「サンタが来るよ」と言うのは、楽しさを与える嘘。

 調和を保つ嘘: 東洋社会では、集団の和を優先して本音を隠すことがあります。「おいしいね」と微妙な料理を褒めるのは、相手を傷つけないための嘘。

 結果が良い嘘: 西洋でも見られる功利主義的な視点では、嘘が全体の幸福を増すなら許される。例えば、戦争中に敵を騙して味方を救う嘘は「正義」とされることも(註3)。

  • 註2:プラシーボ効果:実際の薬理作用がない物質や治療(偽薬や偽の処置)を用いた場合でも、患者が「効果がある」と信じることで症状が改善したり、気分が良くなったりする現象。
  • 註3:古代ギリシャでは、嘘は社会秩序を乱すものとされつつも、統治者が民を導くための「高貴な嘘 (noble lie)」は正当化される場合があるとされました。

 

◎嘘の「善悪」は状況次第

結局、嘘が「悪いモノ」かどうかは、以下に依存します:

 意図:  自分だけ得しようとする嘘は悪意と見なされやすいけど、相手のためなら許容される。

 結果:  嘘が害を及ぼすか、利益をもたらすか。企業のCSRのグリーンウォッシングは害を及ぼすから「悪い」、でも社員を励ますための「少し大げさな言葉」は良い場合も。

 文化:  西洋では「真実」が原則(哲学でいうとカントは「どんな嘘もダメ」と嘘は普遍的な信頼を壊すから絶対的に否定)で嘘は例外的に許される(哲学でいうとニーチェは「真実がいつも良いとは限らない」と、嘘にも価値を見出す余地を認める)けど、東洋では状況に応じた柔軟さが認められがち。

嘘は「悪いモノ」と決めつけるより、「何のために、誰のために使われるか」で評価が変わる訳です。純粋に悪意だけの嘘は少ないし、むしろ人間関係や社会を円滑にする道具として機能することもある。逆に、嘘がなくても生きられるかと言えば、現実的には難しいですよね。「悪い」と感じるのは、嘘そのものより、それが引き起こす結果や裏切り感なのかもしれません。結論としてはウソは悪いモノではない場合もあると言う事になります。結局、良い悪いの以前の問題で、ウソを言っている人(組織)の倫理(ethics, ética)によるところだと考えます。

『思いやるのか?偽るのか?つまり、善意か、悪意か、に行き着くか。』

この部分を「見抜く」のが難しいのではないかと思います。人間は「認知バイアス」というものがあります。「単純接触効果」のように繰り返し聞くと信じやすくなるといった「習性」です。「刷り込み」というヤツですね。これを悪用した有名な例がナチス・ドイツの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスに帰せられる「ウソも100回言えば本当になる」ではないでしょうか?意図的、組織的に「嘘を効果的に使う」技術であり、どこかの国のL政権が多用しているように現在も使用されています。

また、ウソは「虚偽」や「欠如」、「誤解」が根本にあるので、反面の「本当」、「真実」、「事実」、「実情」、「確証」などの概念が絡んでくるものです。例えば、容器に美味しい飲み物が半分、50%あるといる事実に対して、人によっては「まだ半分残っている(からまだ楽しめる)」と見るし、あるいは「もう半分しかない(から損した気分)」と見るでしょう。どちらが正しいと言えるのでしょうか?これらの概念はまた引き続きひとりごとします。


酒は百薬の長にすれば良いのです。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

March, Windy Sunrise. São Paulo. Caju©2023


2025年3月

酒は百薬の長にすれば良いのです。

飲酒が多い年末年始がすんだと思えば、当地ブラジルではまた「酒」の季節、カーニバルが来ました。カーニバルイベントの大スポンサーは全部酒類製造企業です。それだけ需要があると言う事ですね。酒飲んでぱあっとやるぞって、カーニバルはブラジル社会の公認の狂瀾怒濤の位置づけでしょう。頭の中も行動も狂瀾怒濤。元々カーニバルはカトリック教会がキリストさんが殺害され3日後に生き返った事を祝う復活祭の前の40日間、カトリック教徒は断食などをしておとなしくしておかないといけない四句節という取り決めがあり、その直前は羽目を外しても黙認するイベントであるという説があります(註1)。

『このぱあっとするには酒の有効成分エタノールの薬理作用が有用なのですな。』

どのような薬理作用かと言うと、「神経抑制作用」です。神経には必ず「動く」x「止める」のセットが回路になってます。つまり、興奮性神経x抑制性神経のセットで前者の出力を調整したり、同期性を制御したり、過剰興奮を防ぐなどを担ってます。このセットがあるから例えば運動神経系であれば歩き始めたら止まる事ができるし、腕を挙げたら必要な高さで止まってくれるのです。認知や思考と関連する脳の中枢神経も同じ興奮性x抑制性のセットがあります。軽く抑制した状況がいわゆるリラックスした状態や多幸感になる訳ですが、抑制が進むと泥酔した状態になります。反対に抑制が効かずに興奮が進む例はパニックなどです。思考の抑制はいわゆる理性的な状況がそれにあたり、社会生活において「言わなくて良い事を言わない」や「考えたとしても言えない」といったような例になります。

アヘンのようなオピオイドや西洋医学で使用する鎮静薬のバルビツル酸系の薬物は使用すると一貫として鎮静的抑制作用がおこりますが、エタノールは特殊な抑制作用があります。然り、少量を服用すると抑制性神経系の抑制がおこり、服用を進めて量が増えていくと、今度は興奮性神経系にも抑制作用がかかるといった選択的抑制作用をもつ物質なのです。なので呑み始めはリラックス・多幸感が得られ、行動も派手になりますが、服用が進むと段々思考が低下して行き、何しているのか分からなくなり、眠くなり、しまいに昏睡します。運動調整も抑制が進むとまともな動作ができなくなってしまします。

『足がもつれる、倒れるやつですな。』

エタノールの神経系への作用を書いてきましたが、他の作用で強調すべきなのは循環器系への作用です。然り、少量では血管拡張作用がおこり、ある程度量が多くなってくると今度は反対に血管収縮作用が現れます。血管の拡張や収縮は末梢血管で顕著にみられます。つまり拡張がおこると皮膚が赤くなり、収縮すると蒼白になります(註2)。この「血管拡張作用」の部分が一番「薬」になるところです。末梢血管が拡張すると言う事は「血行が良くなる」という意味です。非常に簡単な理屈で、血液が行き届かないと細胞は死滅してしまいます。血流にのって、栄養分やエネルギー源、免疫成分が供給され、不要物の回収が行われるのです。血液が行き届くという状況を維持できるのが細胞の活動、つまり命をつなぐ状況になります。

『だから心臓が止まってしまったような事が起こると細胞活動がストップして死に至る。細胞活動が止まって心臓も止まる反対もあるけど。どちらにしても死体に血流はないですな。』

このコラムの25人の読者様は「ブルーゾーン」て聞かれた事ありますか?健康で長寿な人々が数多く居住する地域の事です。2004年にベルギーの人口学者とイタリアの医師に発表された研究を元に米国の研究者が調査して特定された世界5ヶ所の地域です。然り、イタリア・サルデーニャ島、日本・沖縄県、米国・ロマリンダ地域、コスタリカ・ニコヤ島、ギリシア・イカリヤ島の5ヶ所です。科学界の常識とまではいかなく、米国の場合、単に平均寿命が高いコミュニティであるし、沖縄の場合、戦火のため正確な出生記録が残っていないなど賛否があります。世界ばらばらの場所にあり、共通の食べ物や気候がある訳でもないのですが、これらの地域の高齢者の生活に共通する4項目があります:

  1. 規則正しい三食と腹八分目。満腹するまで食べない。
  2. 毎日少量の酒を欠かさない。反面何があっても一定量以上呑まない。
  3. 体を動かす、運動する。
  4. 社会的役割をもっている。

これらの2と3が血行を良くする行為になる訳です。「酒は百薬の長」は東洋で使われる諺で漢の時代の「漢書・食貨志下」に「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」と出典があり、「どの薬(治療法)よりすぐれている」という意味ですが、ブルーゾーンでは共通する食材や治療がない中、エタノールだけが共通点である事もこの諺を実証しているのではないかと考えます。

『酒の部分のポイントは「少量」ですよ。少量。酒はいくらでも飲めば良いと言う事ではありません!』

このひとりごとの冒頭の思考・認知の部分の軽い抑制も社会生活の人間関係の潤滑油になる物質です。酒席が楽しいのは普段の抑制された状況から解き放たれるからでしょう。まあ日本の様にあまりにも社会の同調圧力などが強く、普段では本音がでないので会社の営業などでわざわざ酒席を設けて本音の話をするのに利用されるように、有用といえば有用ですけどね。カーニバルのように羽目をはずすために飲酒するのではなく、ブルーゾーンのように細胞の健康を保つために「賢く」飲酒すると「酒は百薬の長」になります。エタノールの代謝能力は個人差があるので、「百薬の長になる量」は決まってません(でも日本酒一升ではないでしょう)。また、酒の難しいところは、「もうこれで止めておこう」とストップをかける抑制性作用自体が抑制されるので、つい飲み過ぎてしまいやすいですね。なので、自身で「これ位で薬になっている」のを毎回判断するより、事前に適量を決めておいたほうが確実です。

「開業医のひとりごと」では過去にも酒について展開してます。よろしければ合わせて読み返してもらえば幸いです。

『ブラジルではカーニバル期間中は飲酒運転がまかり通ります。むこうは酔っ払ってますので、こちらが気をつけてよけるしか対策がありませんのでご注意を。』


註1:2021年3月のひとりごと「ブラジルでカーニバルが無くなった日」に詳しくカーニバルについて書いてます。

註2:体質によっては皮膚が赤くなるのはエタノールアレルギーが原因の場合がある。このような場合は「皮膚が赤い+多幸感」ではなく「皮膚が赤い+気分が悪い」になるのでたいがい分かります。


 

寓話:カエルの国のお風呂。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

January, Summer Storm. São Paulo. Caju©2023


2025年1月

寓話:カエルの国のお風呂。

そんなに昔でもないある所にカエルの国がありました。あのケロケロ鳴く蛙です。その国は食と住もたいして不自由なく、一般的な国民は幸せに暮らしていました。しいて生活の不満があると言えば、寒い事でした。カエルは皮膚が乾燥する特徴から水陸両用の生活をしてました。乾燥して干上がってしまうと死んでしまうので、どうしても定期的に水に浸かる必要があるのです。ところが、カエルの国の水は冷たいのです。

「あー、この冷たい水ん中入るの、いやだなー。」

寒い時期になると水に浸かるのがおっくうになります。歳いったカエルになると、関節痛だのが悪化するので、もっと嫌がります。でも、水に入らないと自殺行為になりますので仕方ないです。

この様な生活を送っていたカエル達ですが、遠くの国にはどうやら水を温める装置がある事を聞きつけました。水が冷たいのが不満なので、国民全員大関心です。

「温かいお湯に入れるのは絶対にほしい!」

「この国にも新しいやり方を取り入れるべきだ!」

賛成多数だし、需要があるし、国の指導部は水を温める装置の導入に動きました。お風呂という装置だそうです。

「よし、これで国民の幸せ指数が上がるぞ!」国は本格的に全国津々浦々にお風呂を設置しました。カエルの国の指導部の支持率は爆上がりです。温かい水に入る事を”入浴”と名付け、”お風呂設置記念日”を決めて一斉に国民に解放する事にしました。

「入浴するぞー!」

記念日には国民がお風呂におしかけました。カエル達は喜んでお風呂に入りました。こんなのは初めてなのでおっかなびっくりです。みんなちょっとへっぴり腰です。でもこういう時は誰かが一番でドボンします。

「おー、冷たくないぞー!」との声を聞いて、我先に温かい水に入りました。本当に冷たくないです。

「あー、気持ちいい〜…」そんな声ばかり充満です。

「気持ちいい、眠くなるほど気持ちいい〜…」入浴していると、ほどよい温かさで、頭がボーッとしてきました。皆ウツラウツラしてます。

ところが、水の温度が段々上がっていくのが皆よく分かりません。なんせ初めての事ですから。温かくて気持ち良くて皆恍惚状態になってます。もっと水温が上がっていくのがわかりません。そうなのです。遠くの国の”お風呂”なるものは実はカエル用に温かい水を供給する装置では無かったのです。”入浴”した者をダメにする装置だったのです。

気持ち良くなったカエル達はさらに熱くなった水に浸かったまま、煮えてしまいました。


これは欧米の「茹でガエル警句」を寓話にしたモノです。英語ではBoiling Frogとよばれ、生きたカエルを突然熱湯に入れれば飛び出して逃げるが、水に入れた状態で常温からゆっくり沸騰させると危険を察知できず、そのまま茹でられて死ぬという説話に基づく警句です。

緩やかな環境変化下においては、それに気づかず致命的な状況に陥りやすいと言う事です。哲学的な説話のようですが、社会人類学、法学、環境学、経済学、経営学、政治学など、色んな分野ででてくる比喩なので、このコラムの25人の読者様もご存じではないかと思います。最終的に望ましくない結果に陥ることを避けるために、緩やかな変化に注意を払う必要性がある訳です。また、補足すると、色んな事が同時多発的に起こり、我々の周りの変化に気付いていない事態になるのも一種の茹でガエルと言えるのだとこの筆者は愚考します。現在我々が生きている社会はこのような事は起こってないでしょうか(註1)?

2025年は大変な変動が予想される年です。周りの変化に留意し、健康を堅持していただきたくようにお祈りして、新年のご挨拶とさせていただきます。今年もご愛読をお願いいたします。

註1:先月NHKの大河ドラマ「光の君へ」が最終回を迎えました。時代劇でも平安時代をテーマにした物は珍しく、筆者は興味があるので全回観ました。平安貴族の優雅な環境は美しく描かれてましたが、最終的に思ったのが、「こんな「頭はお花畑」な生活をしていたから、その後地獄のような戦国時代に突入する事になるのではないか」でした。これって茹でガエルそのものでしょう。NHKが警鐘を鳴らしている訳ではないとは思いますけどね。反対で茹でガエル状態になっている現在の社会を千年前にタイムスリップして喜んでいるだけかも。


お腹が痛いのは何が病気?下腹部編。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Sunrise in May. São Paulo. Caju©2024


2024年11月

お腹が痛いのは何が病気?下腹部編。

先々月からの腹痛のひとりごと第三弾です。今月焦点をあてる下腹部の特徴は生殖器の存在です。現在の世の中では生殖器イコール性別ではないとする事になってきてます。生物学的性差(セックス、sex、sexo)は社会的・文化的性差(ジェンダー、gender、gênero)とは関係ないのだと(註1)。しかし手術して全摘出でもしない限り臓器としての生殖器はお腹の中にありますので好むと好まぬに係わらず、それらの臓器が故障して病気になる可能性はあります。この点、ややこしい医療現場になってきてます。つまり自称女であっても前立腺があったり、自称男であっても子宮があったりでこのような事情にどう対応するかが最先端医療のテーマの一つになってます。

  • 註1:生物学的性差の主たる特徴は遺伝子・染色体にある。男性はXY染色体、女性はXX染色体。まあしかし自身が”男性”であっても”女性”であると”自覚”していれば、社会的・文化的性差は女性で通用する、という世の中です。男女両方であるとか、どちらでもないとか、まだわからんとか、どうでもよいとか十色あるようです。一部の社会ではそんな事は認めておられませんが、我々やこのコラムの25人の読者様の生活圏ではそう言う事なので、そう言う事です。2019年7月のコラム「差別はいけません」でLGBT+に関するひとりごとしてますのでよろしければそちらもご覧ください。

『なので、今回は男性と女性の腹痛は異なるという話。』

上腹部と下腹部の定義は分かりやすく言うと、おへそが境でその上が上腹部、その下が下腹部になります。下腹部に収まっている臓器は「大腸」、「尿路」、「膀胱」、「子宮」「卵巣・卵管」、「前立腺」です。尿路は泌尿器の一部ですが、ここが痛むと三大疼痛の一つと言われるくらい痛みますので特別に記載します。また、狭義では臓器ではありませんが、痛むと命に関わるので大動脈も記載します。次に、腹痛の種類のおさらいをすると「内臓痛」、「体性痛」と「関連痛」の3種類の分類です。下腹部の腹痛はこれらの臓器と3種類の痛みという要素間の関連になる訳です。それぞれ見ていきましょう。

臓器

病名

痛みの原因

痛みの種類、場所

とても痛いヤバい状況

大腸

急性虫垂炎(盲腸)

異物(食べ物の種等)

糞石

二次性感染症

内臓痛、体性痛

右下腹部、みぞおちから始まる事が多い

キリキリ痛、鈍痛

穿孔性虫垂炎、化膿して穴が開き、腹膜炎が合併

感染性腸炎

ウイルス感染

細菌感染

寄生虫

内臓痛、体性痛、関連痛

腹部全体

鈍痛、うねり(波)、刺す

結果として脱水状態、栄養不足状態

過敏性大腸炎

腸管の異常運動

ストレス・緊張

感染症

腸内細菌の乱れ

高カロリーや高脂肪食など食事

内臓痛、体性痛

腹部全体、左下腹部

下痢型、便秘型、混合型により痛みが異なる

鈍痛、うねり、刺す痛み、膨満感

ストレスと関係があるので、重篤な不安神経障害を合併した状態

潰瘍性大腸炎

大腸粘膜の炎症、びらん、潰瘍

原因不明

免疫疾患説

クローン病含む

内臓痛、体性痛

キリキリ痛、刺す

狭窄(腸管が狭くなる)

穿孔(穴が開く)

瘻孔(周りの組織にひっつく)

膿瘍(膿が溜まる)

憩室炎

憩室症

糞石

異物

二次性感染症

内臓痛、体性痛

腹部全体

キリキリ痛、鈍痛

穿孔性憩室炎、化膿して穴が開き、腹膜炎が合併

瘻孔

便秘

大腸の動きが遅い

生活環境の変化

食事の変化、偏り

運動不足

水分不足

ストレス

内臓痛、体性痛

腹部全体、左下腹部

鈍痛、うねり、刺す痛み、膨満感、以外と痛い

便が硬くなりすぎて排便できない状態

尿路

尿路結石

腎臓結石

内臓痛、関連痛

脇腹、背中

鈍痛、刺す痛み

激痛、とても痛い

急性腎不全に至った場合

膀胱

膀胱炎

感染症

薬物中毒

異物(結石)

内臓痛、体性痛

下腹部

鈍痛

尿閉がおこった場合

子宮

生理痛

生理

ピル服用

内臓痛、体性痛、関連痛

下腹部

鈍痛

月経困難症に至った場合

子宮筋腫

筋腫が周りの組織を圧迫

内臓痛、体性痛、関連痛

下腹部

あまり痛まない

鈍痛、膨満感、腰痛

捻転

梗塞

排尿痛に至った場合

子宮内膜症

原因不明

生理期間に悪化する痛み

同上

部位は内膜腫ができている場所

周囲の組織・器官に癒着した状況

異所性妊娠

子宮外妊娠

体性痛、関連痛

下腹部

激痛

病期のどこかに係わらずヤバい症状

子宮・膣感染

性感染症

細菌性感染

体性痛、関連痛

下腹部

鈍痛、無症状・無痛あり

感染症が拡大した状況

卵巣・卵管

排卵

生理現象

内臓痛、体性痛、関連痛

左右脇腹、下腹部腰

普通は弱い痛み

他の女性生殖器の疾患が合併している状態

卵管炎

内膜症

感染症

内臓痛、体性痛、関連痛

左脇腹、右上腹部、みぞおち

鈍痛、シクシク痛

症状が急性化した場合

卵管膿疱

原因不明

膿疱の増大

内臓痛、体性痛、関連痛

左右脇腹、下腹部腰

鈍痛

ヤバくならないと痛まない

膿疱破裂した状態

卵巣軸捻転

卵巣囊胞

妊娠

運動

内臓痛、体性痛、関連痛

左右脇腹、下腹部腰

かなり強い刺す痛み

卵巣破裂

梗塞、壊死した状態

前立腺

急性前立腺炎

感染症、細菌性

体性痛、関連痛

下腹部、腰痛

鈍痛、筋肉痛、関節痛

敗血症に至った場合

尿閉

慢性前立腺炎

非細菌性

体性痛、関連痛

下腹部、腰痛

鈍痛、放散痛、不快感

尿閉

血精液症

大動脈

大動脈瘤

破裂が差し迫る

体性痛、関連痛

下腹部、腰痛

激痛

大動脈解離

大動脈破裂

臓器ではないのですが腹痛になる原因として記載を忘れてはならないのが、腹壁です。大きく分けて内側と外側の問題が挙げられます。内側は腹腔内全体に「腹膜」と呼ばれる膜があり、これが損傷したり炎症をおこしたりするとかなり痛いです。腹膜は単独に病気にはなるのは希で、普通はお腹の中のどれかの臓腑が故障して付近の腹膜部分も巻き込まれるパターンです。外側には筋肉・皮下脂肪・皮膚があります。腹痛の原因としては比較的頻繁に「腹壁ヘルニア」が認められます。筋肉が弱くなり、腹部内の内容物(たいがい腸と脂肪(大網・小網))が飛び出る疾病です。なりやすい場所は臍と鼠径部で、普通ひどく痛みませんが、腸が突出して脱腸状態になり、ねじれたり詰まったりする嵌頓(かんとん)になると緊急手術が必要になります。

腹部の癌に関する話は先月のひとりごとをご覧下さい。今月記載した臓器・器官のいずれも癌になる可能性はあります。発病率が高い部位は男性は前立腺、大腸、腎臓、前立腺、膀胱の順、女性は大腸、子宮、卵巣、腎臓の順です。

命に関わる腹痛はすぐに処置する必要があります。次のように発症してあまり時間が経っていない(1週間以内)、「急性腹症」と呼ばれる状況は外科的措置が必要な場合が多いのでガマンしてないですぐに受診する必要があります:

  • 突然発症した腹痛
  • これまでに経験した事がない腹痛
  • とても痛く、耐えがたい腹痛
  • 時間が経つにつれて増してきた腹痛
  • 安静にしても6時間以上続く腹痛
  • 嘔吐、発熱、胸痛、下血、呼吸困難、意識低下が伴う腹痛

『ヤバい状態は個人差がある耐性に左右されるので、どうもおかしいなとか、ちょっとわからんなとか疑問がある場合は念のため診察を受けたほうがよいと考える。かかりつけ医がいる方は相談事項です。』


お腹が痛いのは何が病気?上腹部編。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Stamens and pistils. São Paulo. Caju©2024


2024年10月

お腹が痛いのは何が病気?上腹部編。

先月からの腹痛のひとりごと第二弾です。前回はどのような状況の時には必ず受診するについて展開しました。腹痛の多くはなにもしなくても快復しますが、命取りになるような急性腹症もあります。腹部は人体の内臓器の2/3が入っているといって良いほど、多様な臓器が収まってます。また、性別により、生殖器が異なるのは、このコラムの25人の読者様(註0)にとっても当たり前ですよね。今月は生殖器が直接関係していない「上腹部」の腹痛についてひとりごとします。

『つまり、男性と女性とその他性に共通の腹痛の話。』

上腹部と下腹部の定義は分かりやすく言うと、おへそが境でその上が上腹部、その下が下腹部になります。上腹部に収まっている臓器は「胃」、「十二指腸」、「肝臓」、「胆嚢」「膵臓」、「脾臓」、「腎臓」、「副腎」、「小腸」、「横行結腸」です。小腸は大変大きな臓器で腹腔内のかなりの部分を占めますが、問題があると上腹部に症状が出ることが多いので、上腹部とします。横行結腸は大腸の一部で、正常範囲だと上腹部にありますが、大腸に問題が現れた場合、ほとんど下腹部に症状が出るので、結腸は下腹部編で説明します。次に、腹痛の種類のおさらいをすると「内臓痛」、「体性痛」と「関連痛」の3種類の分類です。上腹部の腹痛はこれらの臓器と3種類の痛みという要素間の関連になる訳です。それぞれ見ていきましょう。

臓器

病名

痛みの原因

痛みの種類、場所

とても痛いヤバい状況

急性胃炎

  • 胃酸過多
  • 薬物で胃粘膜損傷
  • 食中毒
  • 暴飲暴食
  • 寄生虫(例アニサキス)
  • 内臓痛、体性痛
  • みぞおち、背中の真ん中
  • キリキリ痛、鈍痛、焼ける
  • 全体胃炎、粘膜真っ赤、臓器としての役割を失っている

感染性胃腸炎

  • ウイルス感染
  • 細菌感染
  • 寄生虫
  • 内臓痛、体性痛、関連痛
  • 腹部全体
  • 鈍痛、うねり(波)、刺す
  • 結果として脱水状態、栄養不足状態

慢性胃炎

  • 胃粘膜萎縮
  • ピロリ菌感染
  • 機能性胃痛
  • 胃下垂
  • 内臓痛、体性痛
  • みぞおち、背中の真ん中
  • キリキリ痛、鈍痛、焼ける
  • 急性化した場合

胃潰瘍

  • 胃粘膜の潰瘍
  • 粘膜下組織の損傷
  • 内臓痛、体性痛
  • キリキリ痛、刺す
  • 潰瘍が血管まで達すると出血
  • 穿孔(穴が開く)

十二指腸

十二指腸炎

  • 胃酸過多
  • 寄生虫
  • 内臓痛、体性痛
  • みぞおち、右脇腹
  • キリキリ痛、鈍痛、焼ける
  • 寄生虫が十二指腸のフアーター乳頭(註1)に入り込んで詰まった状態

十二指腸潰瘍

  • 胃酸過多

同上

  • 潰瘍が血管まで達すると出血
  • 穿孔(穴が開く)

肝臓

急性肝炎・慢性肝炎

  • 薬物中毒(酒を含む)   
  • 内臓痛、体性痛
  • 右上腹部、右脇腹、背中
  • 鈍痛
  • 劇症肝炎の場合急性肝不全に至る

肝硬変

  • ウイルス感染
  • 薬物中毒(酒を含む)

同上、あまり痛まない

  • 慢性肝不全で脳症に至る

胆嚢

胆嚢炎・胆管炎

  • 胆嚢の収縮機能の低下
  • 胆石
  • 胆嚢捻転
  • 内臓痛、体性痛、関連痛
  • 右脇腹、右肩
  • 強烈な鈍痛
  • 胆汁が流れない状態で胆嚢が腫脹、細菌感染

胆嚢結石

  • 体質
  • 食生活

同上

  • 胆管が詰まり、胆嚢炎・胆管炎を起こしている状態

膵臓

急性膵炎

  • 薬物中毒、主にアルコール
  • 胆石
  • 内臓痛、体性痛、関連痛
  • 左脇腹、上腹部全体帯状、背中全体
  • 猛烈な鈍痛
  • 膵管が詰まった状態
  • 膵臓細胞の破裂による組織破壊

慢性膵炎

  • 飲酒
  • 突発性
  • 内臓痛、体性痛、関連痛
  • 左脇腹、右上腹部、みぞおち
  • 鈍痛、シクシク痛
  • 症状が急性化した場合

脾臓

脾腫

  • 感染症
  • 肝臓病
  • 心不全
  • 代謝異常
  • 内臓痛、体性痛、関連痛
  • 左脇腹、背中左
  • 鈍痛
  • 破損(割れる)や梗塞に至った場合

脾損傷

  • 運動
  • 打撲(交通事故)
  • 脾腫

同上、激痛

  • 破損が広範囲で多量出血

脾梗塞

  • 心原性塞栓
  • 自己免疫疾患

同上、激痛

  • これ自体がヤバい状況

腎臓

急性腎炎

  • 細菌性感染症
  • 内臓痛、関連痛
  • 両脇腹、背中
  • 鈍痛
  • 急性腎不全に至った場合

腎盂炎

  • 細菌性感染症

同上

同上

慢性腎炎

  • はっきりした原因不明

同上、あまり痛まない

  • 感染症を合併した状態

副腎

副腎腫瘍

  • 良性腫瘍
  • 悪性腫瘍

同上、あまり痛まない

小腸

急性胃腸炎

  • 感染症
  • 食中毒
  • 暴飲暴食
  • 内臓痛、体性痛
  • 腹部全体
  • 鈍痛、シクシク痛、うねり(波)、刺す
  • 結果として脱水状態、栄養不足状態

腸閉塞

  • 術後癒着
  • 腸捻転
  • 腫瘍
  • 内臓痛、体性痛
  • 腹部全体
  • 鈍痛、刺す、激痛
  • 腸が壊死した状態

腸梗塞

  • 血栓あるいは塞栓のため小腸に血液を運ぶ動脈の閉塞
  • 内臓痛、体性痛
  • 腹部全体
  • 猛烈な鈍痛

同上

  • 註1:胆管と膵管が合流して十二指腸に開口する部分名。

さらにこれらの臓器には「癌」が発現しうるわけですが、癌に関する疼痛はその進行度により、急性か慢性かの痛みが現れます。癌の発生率が高いのは胃、膵臓、肝臓です。一般的に癌の疼痛は初期はほとんど痛みがなく、あれば関連痛であることが多く、内臓の問題である事が見落とされる原因になります(註2)。癌が進行すると、内臓の破壊や腫脹により周辺組織や臓器に影響が起こり、内臓痛や体性痛が顕著に現れる事が多々見られます。癌が原因で腹痛が起こっているのはある程度、普通かなり、進行しているためなので、痛みの強弱に関わらず、ヤバい状況と言えます。

  • 註2:関連痛は皮膚や体表に現れる。

命に関わる腹痛はすぐに処置する必要があります。次のように発症してあまり時間が経っていない(1週間以内)、「急性腹症」と呼ばれる状況は外科的措置が必要な場合が多いのでガマンしてないですぐに受診する必要があります:

  • 突然発症した腹痛
  • これまでに経験した事がない腹痛
  • とても痛く、耐えがたい腹痛
  • 時間が経つにつれて増してきた腹痛
  • 安静にしても6時間以上続く腹痛
  • 嘔吐、発熱、胸痛、下血、呼吸困難、意識低下が伴う腹痛

『ヤバい状態は個人差がある耐性に左右されるので、どうもおかしいなとか、ちょっとわからんなとか疑問がある場合は念のため診察を受けたほうがよいと考える。かかりつけ医がいる方は相談事項です。』

次回は下腹部の腹痛の原因疾患について展開していきます。


註0:先月お一人読者様がおられた事が判明しましたので25人になりました。

お腹が痛いのは何処までガマンするか?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Moonlight on waves. Guaecá. Caju©2024


2024年9月

お腹が痛いのは何処までガマンするか?

今年に入ってなんとなく診療所でよく見るな〜になっているのが「腹痛」です。お腹が痛くて受診があるのは総合内科では一般的です。ヒトを含む哺乳類の腹部には沢山の臓器、組織、機能が集まってますので、簡単に網羅できるものではありません。ここ開業医のひとりごとでも8回、色んな場面で腹痛が現れてます。それらも一例であるように腹痛はあらゆる病気の症状として現れます。

「痛み」は感じている本人にしかわからないもので、客観的に評価不可能な症状です。また、その感じている痛みに対してどのくらい耐性があるかは大変個人差があるものです(註1)。大まかに分類すると、「ちょっと痛いから大丈夫」、「やっぱり痛いから医者に診てもらおう」、「すごく痛いからヤバい、病院へ行こう」、とこのように大体3段階に分けられるのではないかと思います。ただ、この痛みの度合いが人によるのですね。医学生だった時、救急外科の教授の授業で一番記憶に残っているのが次の講義です:

「ブラジルは多民族国家である事を常に念頭におくこと。痛み方に差が大きい。つまり、民族や文化によって痛みの捉え方や表現が違う。例えば、いかにもイタリア系とわかるオバチャンが救急で「痛い痛いとワアワア騒いでたら」、まあちょっとは痛みもあるのかなと思ってもよい。しかし東洋系の男性が「少しでも痛い…と言ったら」これは大変痛くてヤバいはずなので即処置が必要である。(註2)」。

『正にそのとおり、完璧に的を射た教えですな。』

  • 註1:痛み(疼痛)の定義や分類は2023年3月のひとりごと-毎日痛いのは生きてる証拠?-で展開してます。
  • 註2:6回生の時に実際に見た症例が正にそれだった:腹痛を一週間我慢して救急搬送された日系の男性、単なる虫垂炎だったのが、盲腸が破裂し、膿をまき散らして広範囲な腹膜炎になり、長期入院になってしまった。早期に病院に来ていれば2泊くらいの入院で済んだのに…

ではどのような仕組みでお腹が痛くなるかまずみてみましょう。

  • *内臓そのものの痛みである「内臓痛」。腹部内にある臓器が痙攣したり、破損するような状況が原因。痛み方は鈍痛、波状(行ったり来たり)、場所が漫然としてはっきりしない。
  • *腹腔を覆っている腹膜や横隔膜の神経が刺激されて現れる「体性痛」。痛み方は刺すような鋭い痛み、持続的で歩行時の振動や打診・触診で痛みが増強、場所が明確。
  • *内臓の痛みが脊髄神経を刺激し、それに関連した皮膚の部分が痛みを感じる「関連痛」。痛み方は刺したり焼けたりするような鋭い痛み、場所は必ずしも腹部ではないが明確。

時間軸ではいつから、いつ、いつまで痛むか。時間が経つにつれて悪化していくか、軽減していくか。食事や生活活動と関連するか。痛み以外に他の症状(音がする、お腹が張る、下痢や便秘、血便や粘液便など大便の変化がある、排尿困難や血尿など小便の変化がある、不正出血や性交痛など婦人科系の症状、等)があるか。などの症状や愁訴の組み合わせでどの臓器に問題があるのか見当をつけながら臨床では診断を進めていく訳です。また、腸管神経系と呼ばれる腸全体に広がる神経は脳と脊髄の次に数が多く、第二の脳と呼ばれるくらい精神状態に敏感に反応します。したがって精神の不調で腹部に痛みがでる事は多々あり、これは関連痛の一種になります。

腹痛の多くは何もしない、あるいは簡単な市販薬を使う、で治るのはこのコラムの24人の読者様も経験があると思います。腹部には毎日何度も食べ物が入りそれに反応する臓器が複数あるので、それらの反応の兼ね合いで少しや短時間の痛みが出やすいのです。しかし、命に関わる腹痛はすぐに処置する必要があります。次のように発症して1週間以内であまり時間が経っていない「急性腹症」と呼ばれる状況は外科的措置が必要な場合が多いのでガマンしてないですぐに受診する必要があります:

  • 突然発症した腹痛
  • これまでに経験した事がない腹痛
  • とても痛く、耐えがたい腹痛
  • 時間が経つにつれて増してきた腹痛
  • 安静にしても6時間以上続く腹痛
  • 嘔吐、発熱、胸痛、下血、呼吸困難、意識低下が伴う腹痛

『ヤバい状態は個人差がある耐性に左右されるので、どうもおかしいなとか、ちょっとわからんなとか疑問がある場合は念のため診察を受けたほうがよいと考える。かかりつけ医がいる方は相談事項です。』

次回は上腹部と下腹部に分けて色んな腹痛の原因疾患について展開していきます。


そのエステ、命かけてやります?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Yodogawa Suikankyou. Osaka. Caju©2018


2024年8月

そのエステ、命かけてやります?

当地サンパウロでは冬になり、デング熱が落ち着き、今度はインフルエンザの番だなと思っていたところ、新型コロナが感染拡大の様子です。このコラムの24人の読者様は感染症対策されてますか?ブラジルでは新型コロナ感染の統計を録るのを止めてますので詳細は不明なのですが、多分今日本でも流行っているオミクロン株の派生の伝染だと思われます。でも今回はコロナの話ではないのです。

ブラジル連邦医師評議会(当地の医業を監督するお役所、ポル語CFM-Conselho Federal de Medicina)が最近躍起になって注意喚起と関係者訴訟をしているのが、フェノール(fenol)を使用したエステの施術です。エステは流行があり、時の注目を浴びているのが件の物質です。理由は事故が増えているだけではなく、死亡例まで出ているからです。フェノールはピーリングと呼ばれる「皮膚をキレイにする施術」に使われている物質ですが、以外と歴史があり、19世紀から医療で使用されるようになってます。フェノールの和名は炭素酸、毒性と腐食性がある有機化合物の一種で多岐にわたる医薬品や化粧品などの化成品の原料としてほとんどが消費されてます。当初は消臭剤として使用されてました。19世紀の終わり頃には消毒薬として地位を獲得し、病院内のあらゆる消毒に利用されてたのですが、毒性がデメリットとなり、消毒液としては落ち目になります。しかしその皮膚毒性、薬傷を起こす点に目をつけられ、ピーリングに応用されるようになりました。ピールとは英語で「(皮を)むく」という意味です。ピーリングはその行為、つまり「一皮むいて」皮膚の再生を促す方法。このような場合、フェノールのような化学品を使うと「ケミカルピーリング」と分類されます。

『皮膚の再生というと聞こえが良いが、化学品で皮膚に傷害をあたえ、皮膚の組織を化学的に溶かして一皮むく訳ですな。』

元々皮膚病変を取り除く医療的手技として開発されたはずですが、新しい皮膚が再生される事で美容に転用されました。ピーリングも19世紀末に開発され、早い段階からフェノールが使用されましたが、その毒性のため他の薬品も開発、ラインナップされました。現在は日本で使用されているケミカルピーリングは次のものが挙げられます:

  • AHA(アルファヒドロキシ酸、別名フルーツ酸)
  • TCA(トリクロール酢酸)
  • サリチル酸
  • ジェスナーズ液(レゾルシノール(フェノールの一種)+サリチル酸+乳酸のアルコール溶液)
  • フェノール

治療の目的に合わせて皮膚への浸透性や薬傷の強度が適当な薬品を選択する事になります。皮膚の表皮の角質だけをピールするくらいで済めば別に美容室的なエステ(エステサロン)の施術でも良いのですが、もっと深い真皮までピールするのは筆者のような開業医からは一種の手術にみえます。これらの薬品の中でも、フェノールは深く浸透します。

『どの程度「皮をむくか」で美容か医療かになってくる訳ですな。チョロッとむく位だとさほど問題ないが、ズルッとむくと皮膚のバリア機能や保湿機能が失われる。それにしっかり対応した処置をしないと、皮膚感染などのトラブルが現れるのだな。これって医療でしょう。』

ブラジルで問題になっているフェノールを使ったケミカルピーリングは美容系エステで行われたのが大半を占めてます。フェノールは消毒液にも使われた実績から致死的な毒性があるとは認識されてなかったのですが、最近フェノールピーリングの死亡例が報告されました。サンパウロ市で20代の男性が顔のピーリング後に死亡した例があり、フェノールの吸入による上部呼吸器粘膜や肺の薬傷が司法解剖で認められました(註1)。これにより、保健当局のANVISAが6月下旬にフェノールおよび化合物の販売を全国的に禁止するに至りました。

  • 註1:その他フェノールの薬理作用として、体内に吸収されると心臓毒にもなり、不整脈を起こすことが知られている。本件は施術直後に死亡したので、呼吸器系の損傷より心臓毒によるものの可能性が高い。通常のフェノールピーリングではこのような損傷はそう起こるものではないので、相当量使用・吸収されたことになりますね。

エステというと日本ではHIFUハイフと呼ばれる施術が問題になってます。HIFUは高密度焦点式超音波を出す器機を使い、皮下組織や筋膜に照射する事で肌の深い部分を引き締め、「たるみ」をとる方法です。高密度の超音波で高熱を生じる機械であり元々前立腺がんの治療に開発されたモノです。約10年前から事故(註2)が報告されており、特にエステサロンでの事故が増加傾向にあります。エステ業界の団体は加盟店での使用は禁止してますが…すべてが加盟店ではなく、さらに恐ろしい事に利用者が自分でおこなう「セルフエステ」まで出現してます(註3)。c

  • 註2:神経や血管の損傷、火傷、火傷跡、色素沈着など。
  • 註3:最近「コンビニジム」なるものがボコボコ出現してますが、サービスの一環でセルフエステがあるようです。勝手にHIFU系の器機を操作して自分で照射するのですが、流石にジム運営会社も事故が怖いだろうから出力が弱い事は察しがつく。つまり、「あまり効果が期待できない」のではないですかね。

今月のひとりごとで警鐘したいのが、当地ブラジルで日本人種がケミカルピーリングを受ける時の注意です。日本人種は有色人種なので、皮膚が白人種とは異なります。欧米で実施されている方法が有色人種には必ずしも合わない事は医学的には認知されている事実です。そのため、日本で使用されるケミカルピーリング液は欧米のとは内容や濃度、使用方法が異なります。そのうち、フェノールは日本人種にとって副作用が出やすい薬品であり、第一選択から外されてます。販売中止になるくらい当地では利用されるので、あまり考えないでエステに行くと、フェノール塗られる確実が大変高いです。当地でエステする場合、サロン系でも医療系でも、日本人種を扱う事ができる施設でないとトラブルになる可能性が高くなるという事です。エステは20代が一番利用率が高く、世代が進むにつれて頻度が減ります。なので特に若い人達には、注意喚起をお願いします。

『サロン系と医療系の線引きが曖昧なのが問題だな。それと、当局の規制の対象でないからと野放しになっているモノが沢山ある。日本もブラジルも同じ。見た目を重要視する今の世の中の産物ですな。』