過ぎたるは猶及ばざるが如し!

By: Kazusei Akiyama, MD


2017年08月

今月のひとりごと:『過ぎたるは猶及ばざるが如し!』

過猶不及(かゆうふきゅう)。論語に出てくる孔子の言葉です。これは多分筆者が一番日常的に使用している概念をことわざにしたものです。「いくら良いことでもやりすぎと、やり足らないのと同じようによくない」という意味ですね。考えるのは良いけど、考えすぎは良くない。スポーツは体に良いけど、やりすぎると怪我したり体調をくずしたりする。延々と例を挙げられますが、「程ほどがよろしい」と言う事ですね。筆者の職業の場合、「ほどほど」より「やりすぎ」にスポットが当たります。「医療のやりすぎ」の問題です。

このコラムの24人の読者様は「ポリファーマシー(polipharmacy)」「ポリパトロジー(polipathology)」という言葉を聞かれた事はありますか?ポリは古代ギリシャ語のpolys、「多数」という言葉で、前者の場合、「多数薬を服用」後者は「多数罹患している」意味になります。現時点での一般的な定義は次のとおりです:

ポリファーマシー:3ヶ月以上、毎日5剤以上の薬物を服用すること(註1)。

ポリパトロジー:5つ以上の直接関連のない疾患の診断があること(註2)。

これらは最近注目されている現象です。理由は幾つかあるでしょう。まず超老齢化社会、老人になるほど病気になり、投薬を受ける確率が高くなります。次に医療の高度化・複雑化。診断技術が進み、「見つかる病気が増えた」、「それに対する新薬が増えた」。また、健康の異常は薬で治すものである概念(註3)が蔓延しているのも理由のひとつでしょう。医学の進歩のため、薬物療法の選択肢が増えたため、今度はその治療、その前の診断が健康上の問題になってきているのです。

一例で考えてみましょう。前からある高血圧症のフォローのため、92歳の男性が行きつけの心臓内科に行きました。「定期検診」名目で内科は色んな検査を実施、その内前立腺ガンマーカーが高値を示しました。そこで前立腺の組織を採る生検で精密検査をしたところ、ガンの診断がつきました。この患者さんは特に泌尿器科系の症状はないし、年齢相応の衰えはあるもの、日常活動には支障ない程度で、普通に生活されてます。殆どの老人性前立腺ガンは細胞の悪化はあるもの、大きくならない、転移しないのが特徴です(で、この場合もそのタイプのガンです)。さて、この件はどの様に処置するのが一番良いのでしょうか?ガンがあるので手術をして、その後抗がん剤を服用する。何もしないでほっとく。現在の医療の主流の考え方に元つくと、もちろん治療!になりますね。それで手術をして、そのまま死亡するかもしれないし、合併症をおこし、寝たきりになるかもしれないし、手術の後遺症で排尿障害が現れるかもしれないし、抗癌剤の副作用で苦しむかもしれません。そう、「なにもしない」のも重要な選択肢の一つなのです。

世の中は高齢社会になってますが(註4)、医療の高度化・複雑化のおかげであるとみんなで錯覚しているのではないでしょうか(註5)?現行の医療の考え方は次のとおりです:

1. 新しいモノは前のモノより良い。

2. 医療処置はすべて効果があり、かつ安全である。

3. 高度医療こそ健康上の問題を克服するものである。

4. 出来るだけ処置をすることは生活の質を改善する。

5. 無症状の疾患を発見することは必ずプラスになる。

6. 病気の危険因子は薬物投与で克服する。

7. 気分や感情のコントロールは薬物を使う。

これに更に医師が根本教育される「患者を死なせない」概念が働くと、あらゆる手段を使い現代の医療では「生かせ続ける」事が出来るのです。

しかし、ある治療の副作用のため、更に薬を飲まないといけない、元の病気はよくなったけど、治療の副作用で違う場所が悪くなった、などいわゆる「医原病」が多いのも今の現象です。ポリファーマシーやポリパトロジーは老人に多々観られるのですが、老人に限った事ではありません。現代の医療を徹底的に進めると行き着く現象だといえるのではないでしょうか?そのため、色んな提言が現れてます。上述の前立腺ガンの例だと、「ガン」と呼ばずに「低悪性度病変」や「緩慢性病変」と言った名称の変更が提言されてます(註6)。

『ガンだと「治療せんといかん!」になるので、名前をガンで無いようにするやり方だな。』

世界的にみると、医療のやりすぎを考える運動(無駄な医療撲滅運動)は幾つかあり、次の3つが代表的をいえます:

Choosing Wisely:邦訳は「賢い選択」。これは米国内科専門医認定機構財団、アメリカ発の運動で、医療各会が代表的な無駄な医療行為(検査・治療)を5つリストアップしている。(註7)

Right Care:邦訳は見当たりませんが、「正当な医療」。伝統的医学誌である英国Lancet紙が力を入れている。医療にアクセスと必要な治療を考える運動。(註8)

Slow Medicine:邦訳なし、「急がない医学」。イタリアで始まった民間運動。急性期集中治療を重点とした医療現場、患者をろくに検査しない(できない)3分診察、それを補う検査の数々、即効性の薬物使用(副作用も速効)、などを考える運動・哲学(註9)。

医療のやりすぎは実際危険でもあるし、医療費の高騰にもつながります。正に過猶不及ではないでしょうか?


註1:5剤以下でも「不要な薬を服用している場合」ポリファーマシーと見なす定義もある。また、日本では「多剤服用のため有害現象がおこっている状態」との定義が多々観られるが、有害現象は必須ではない。

註2:一般的には6ヶ月以上前より診断で、慢性病が5つ以上ある状態。

註3:メディカライゼーションmedicalizationと言われ、日本語では「医療化」。何でも病気とみなし、治療対象(投薬対象)にする考え方。例えば、医者に行って血圧が高いと言われ、薬を出された。生活態度の見直しや血圧が高くなる原因は追及しない。投薬治療に依存。

註4:90歳なんて最近はザラですよね。

註5:実は違うのです、公衆衛生(上下水道の整備、予防接種政策、減塩政策など)と食糧の改善(内容や冷蔵の普及)が寿命が伸びる条件です。医療の進歩の貢献は一割程度とされてます。

註6:low risc lesionindolent lesionなどと呼ばれる。

註7:http://www.choosingwisely.org

註8:http://www.thelancet.com/series/right-care

註9:http://www.slowmedicine.com.br/conceito/ 2016年8月のひとりごとも参照ください。日本でスローメディシンを検索すると「医療の基本は自然治癒力」を提言する書籍が出てきますが、この運動は治療をしない事を薦めている訳ではありません。