誰も好んで馬鹿になる生活している訳ではないですよね?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Food series: Anago no Tempura. Izumisano. Caju©2024.


2026年08月

誰も好んで馬鹿になる生活している訳ではないですよね?

今月は我々の生活に大変身近なツールのため、医療的に考えると大変危険な状況に曝されている事態についてひとりごとしてみます。ウェブなどで大量の情報が出回るようになり、かつ各個人もSNSなどに喜んで個人情報を提供あるいは公表する世の中です。ネットビジネスの稼ぎ頭は個人の情報、好み、動向などを収集し解析し、需要を提案する方式であり、それを支えるのがいわゆる「アルゴリズム」です。つまりアルゴリズムがある個人の一定の関心を認識すると、その関心を満たすコンテンツばかりを提供するようになる。そのため、多様性の観点からみたら完全に一遍に偏った思考になる人間を大量生産している。同じ事の繰り返しばかりしているので馬鹿になる。というのが筆者仮説ですが、この仮説を丁寧に展開してみます。 

まず「アルゴリズム」とは何か、です。アルゴリズムとは、特定の問題を解決したり、ある作業を遂行したりするための、明確に定義された一連の手順や規則の集まりを指します。料理のレシピも広い意味ではアルゴリズムですし、数学の計算手順もそうです。コンピュータの世界では、入力されたデータを決められた順序で処理し、望ましい出力を得るための指示のセットとして使われます。現代のネットサービスで特に問題になるのは「推薦アルゴリズム」と呼ばれるものです。ユーザーが過去に何を見たか、どこをクリックしたか、どれくらいの時間滞在したか、いいねを押したか、といった行動データを大量に集め、統計的・機械学習的に分析して「この人は次にこれが見たいはずだ」と予測し、優先的にそのコンテンツを画面に並べる仕組みです。 

『要するに、あなたが何を好むかを機械が勝手に学習して、あなたが喜びそうなモノばかりを次から次へと差し出す装置ですな。利用者を「快適な状態」にするのだな。』 

利用者がこの「快適な状態」を好む理由は、脳内の報酬系が深く関与しています。人間の脳には、快楽や満足感を生み出す「報酬回路」と呼ばれる神経ネットワークがあります。特に中脳の腹側被蓋野(VTA, Ventral Tegmental Area)から放出されるドーパミンという神経伝達物質が重要な役割を果たします。アルゴリズムが提示する「自分好みのコンテンツ」は、予測可能な報酬として脳に信号を送り、ドーパミンの放出を促します。これにより「快楽」や「満足感」が得られ、利用者はさらにその行動を繰り返したくなります。いわゆる「ドーパミンループ」です。SNSの「いいね」や通知、推薦動画の自動再生などは、この回路を巧みに刺激するよう設計されています。 

『ドーパミンは幸せホルモンと呼ばれているアレだな。「自分にご褒美」ホルモン。脳が喜ぶようにコンテンツが作られているから、ついハマってしまうわけ。薬物依存そのもののメカニズムです(註1)。』 

しかし、このループが繰り返されると、脳は徐々に新しい刺激や多様な情報に対する感受性を低下させます。結果として、単調な情報環境に慣れ、思考の柔軟性が失われていくのです。 

この仕組みがビジネスとして非常に有用なのは、利用者を「快適な状態」に長く留められるからです。自分の好みに合ったニュースばかり出てくれば、ついスクロールを続けてしまいます。自分の趣味に近い音楽動画ばかり流れてくれば、次々と再生してしまいます。企業側から見れば、滞在時間が延び、広告の表示回数が増え、売上につながる。利用者側から見れば、わざわざ探さなくても「ちょうど良いもの」が勝手に出てくるので楽です。双方にメリットがあるように見えて、実は大きな副作用が潜んでいます。 

  • 1:その証拠に近年精神科の依存症関連外来に「テクノロジー依存症外来」が設置されるようになっている。「ソーシャルメディア中毒」などでウェブ検索すると意外と身近な所でそのような治療サービスが提供されています。

副作用の第一は「多様性の喪失」です。アルゴリズムは「あなたが既に好んでいるもの」を強化する方向に働きます。反対意見や全く異なるジャンルの情報は、クリック率が低いと判断されて優先度が下がります。結果として、画面に映る世界は徐々に狭くなっていきます。ニュースなら自分の政治的立場に近い記事ばかり、音楽なら似たようなメロディや声質ばかり、健康情報なら自分が信じたい治療法やサプリメントの話ばかり、といった具合です。 

『同じ味のおかずばかり毎日食べていると、舌がバカになる。頭も同じですな。』 

第二の副作用は「思考の硬直化」です。人間は本来、異なる意見や予想外の情報に触れることで自分の考えを修正したり、新しい発想を得たりします。ところがアルゴリズムに囲まれた環境では、自分が既に持っている考えを肯定する情報ばかりが届くため、「やっぱり自分は正しい」という確信だけが強まっていきます。これを心理学では「確証バイアス」と呼びますが、アルゴリズムはこのバイアスを人工的に増幅させているわけです。  最近特に顕著なのがAI生成コンテンツです。例えば動画サイトで特定のジャンルの音楽を多数回見ると、すぐに似たテイストの動画が推薦欄を埋め尽くします。そこでジャズから歌謡曲のように極端にジャンルを変えても、声の質感、音階やリズムのパターンが似通ったものが並ぶ。利用者は「自分の好みを理解してくれている」と錯覚しますが、実際には機械が作り出した限られた箱の中でぐるぐる回っているだけです。同じパターンの繰り返しは、脳にとっては刺激が単調になり、情報処理の柔軟性を徐々に奪っていきます。 

『同じ事の繰り返しばかりしていると馬鹿になる、というのは誇張ではありません。脳は使わない回路を刈り込む性質があるから。』 

第三に、「誤算の助長」があります。健康や医療情報も例外ではないので、これは医者として特に気になる点です。ある症状について一度調べると、その症状に関連する特定の「解決法」ばかりが推薦されるようになります。科学的根拠の薄い民間療法や、極端な食事法、あるいは特定のサプリメントの宣伝が優先的に出てくることもあります。利用者は「これだけ情報が集まるのだから正しいに違いない」と思い込みやすくなりますが、実際にはアルゴリズムが「この人はこれに反応しやすい」と判断しただけの結果です。 

では、どうすればよいのか。完全にアルゴリズムから逃れるのは現代ではほぼ不可能です。しかし、意識的に「反対側」を覗く習慣をつけることはできます。ニュースなら普段読まない立場のメディアを時々開く。音楽なら自分のプレイリストとは全く異なるジャンルをあえて検索する。健康情報なら、推薦されたものだけでなく、公式の医療機関や論文データベースを直接当たる。こうした小さな抵抗を繰り返すことで、アルゴリズムが作った箱の外に出るきっかけになります。 

さらに積極的に取り組むなら「デジタルデトックス」が有効です。具体的な方法として、11時間以上の「スマホオフタイム」を設ける(夕食後から就寝前など)。週末に「デジタルフリー・デー」を作る(SNS・動画を一切見ない日)。通知をすべてオフにし、アプリの使用時間を制限する機能を利用する。読書や散歩、対面での会話といったアナログ活動を増やす。家族や友人との「デトックス契約」を結んで互いに励まし合う。これらを実践することで、脳の報酬回路がリセットされ、多様な情報に自らアクセスする力が回復します。 

『便利さに身を委ねすぎると、自分で考える力が衰えていく。便利さと引き換えに何を失っているのか、立ち止まって考えてみるのも悪くないのでは。考えられる間に。』 

ブラジルでも日本でも、スマートフォンの普及とともにこの現象は加速しています。特に若い世代は幼少期からアルゴリズムに最適化された情報環境で育っているため、そもそも「多様な情報に自ら触れる」という感覚自体が薄くなりつつあると思われます。我々の生活がアルゴリズムに支配されている、という表現は少し大げさに聞こえるかもしれません。しかし、画面に映る世界が自分の好みでフィルタリング(註2)され続け、知らないうちに思考の幅が狭くなっている事実は、すでに多くの人に起きていることです。便利な道具を使いこなしつつも、道具に使われないようにする。それが現代を生きる上での、大変重要な知恵なのだと思います。  このコラムの25人の読者様は大丈夫ですか?

  • 註2:フィルタリング:この言葉は元々フィルターする、つまり沪過、濾して要らないモノを取り除くが語源であるが、近年では「インターネット上の有害なサイトにアクセスしないように,閲覧できるものとできないものを分別する仕組みのこと」で使われるが、本稿での意味は元の語源。