三日見れば美人も飽き、醜女は三日で慣るる

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Food series: Umaki. Osaka. Caju©2025.


2026年01月

三日見れば美人も飽き、醜女は三日で慣るる

明けましておめでとうございます!

さて、新年から何の話かというと、昨年の流行語の一つにあげられた「ミャクミャク」の変貌、「不気味から愛される存在」についてひとりごとをしてみます。2025大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」は、発表当初は「気持ち悪い」「怖い」と酷評されましたが、開催後には「かわいい」「キモカワ」の象徴として爆発的な人気を集めました。12月に発表された新語・流行語大賞のトップ10にも選ばれました。この劇的な変化は、単なるブームではなく、デザインの独自性、社会的背景、マーケティングの巧みさ、そして人間心理のメカニズムが絡み合った結果です。本稿では、その理由と背景を解説し、他のイベントキャラクターとの比較も交えながら、ミャクミャク現象の深層を探ってみます。

ミャクミャクのデザインは、20223月に公募の1898作品から選ばれました。万博ロゴをモチーフの赤いリング状の「細胞」と大阪の水の都を象徴する青い「水」が融合した、変幻自在の生き物です。愛称「ミャクミャク」も公募で決まり、「脈々」と受け継がれる「いのちの連鎖」を意味します。デザイナーの山下浩平氏は、絵本作家として「多様性と進化」をテーマに、単なる可愛らしさではなく「問いを生む」キャラクターを目指したそうです。赤い部分の6つの目玉(正面5つ、尻尾1つ)は生命の多面性を表しますが、これが逆風を招きました。発表直後、SNSでは「目玉が多すぎて不気味」「子どもが泣くデザイン」との声が殺到しました。X(旧Twitter)では「ミャクミャク様」と皮肉交じりに呼ばれ、二次創作もホラー寄りでした。20254月開幕前の投稿を検索すると、ネガティブな意見が目立ちます。例えば、「生理的に無理」「大腸みたい」といった投稿です。心理学者によると、これは「不気味の谷」現象(註1)の典型です。人間に似せすぎず、異質すぎる姿が脳に違和感を与え、拒絶反応を引き起こします。万博の予算問題や建設遅延、マスゴミの万博下げの文脈もあり、キャラクターは「失敗の象徴」と叩かれました。大阪府には「デザイン変更を」との抗議が寄せられ、運営は苦慮しました。

『筆者も初めて見たとき、「なにこれ、なんでこれ?」が正直な感想だったと記憶してます。』

  • 1. 「不気味の谷」とは、人間にかなり似ているのに完全には人間らしくない存在に対して、急激に不快感が増大する現象。その心理メカニズムは主に3つある。
    • 1. 期待のズレ:脳は「人間っぽい」と予測するのに、目の配置や表情の微妙な不自然さで裏切られ、強い違和感が生じる。
    • 2. 死や病気の連想:進化的に人間は「死体」や「重病の人」などの動きが不自然、目が虚ろといった状況を避ける本能があり、ミャクミャクの異形な姿が無意識にそれを想起させた。
    • 3. 共感と脅威の矛盾:「共感したいのにできない」という葛藤がストレスとなり、恐怖や嫌悪に変わる。

この逆風の背景には、日本社会の「可愛さ」基準があると考えられます。ゆるキャラブーム以来、マスコットは幼児体型で大きな目、丸いフォルムの「赤ちゃん像」が主流です。ミャクミャクの異形は、このテンプレートから逸脱し、即時的な拒否を生みました。マーケティング専門家の川村洋次近畿大学教授は、「万人受けを狙ったデザインは一過性です。(反対に、)適度な違和感が記憶に残ります」と指摘しますが、当初はそれが裏目に出ました。しかし、ここにこそ「違和感投資」と呼べる戦略の本質があります。可愛さだけを追求するとすぐに忘れられますが、あえて初見で拒絶されるほどの違和感を仕込むことで、強烈な記憶と話題性を確保する――ミャクミャクはまさにその投資をしていたのです。

2025413日の万博開幕後、ミャクミャクの運命は一変しました。来場者数は当初低調でしたが、通期パスの販売が40万枚を超え、リピーターが増加し、結局最終的には総計2557万人を記録しました。ミャクミャクは、この「疑似海外旅行」的な熱狂の中心に躍り出ました。着ぐるみ姿のミャクミャクには子どもたちが駆け寄り、写真撮影の行列ができました。グッズはぬいぐるみから始まり、8000種以上に拡大しました。キャラクターライセンス企業とのコラボも大ヒットし、黒ミャクミャクぬいぐるみの万引き事件まで起きました。グッズ売上800億円は、万博の黒字化に貢献した救世主です。

変化の最大の理由は「実体験の力」です。2Dイラストの不気味さが、3D着ぐるみの動きで中和されました。ミャクミャクのプロフィールは「おっちょこちょいだが人懐っこい」です。雨を吸収して元気になる設定が、会場の人だかりで活き、子どもたちは「本当は優しいヤツ」と感じました。心理学者は、「初見の恐怖が、触れ合いによる親近感に転換します。これはアタッチメント理論(註2)の好例と分析できます。」と解説してます。ここで「違和感投資」が回収されます。3年間の批判は「話題の貯金」となり、開幕と同時に一気に爆発したのです。「最初は嫌いだったけど、今は大好き」というストーリーが、共感と拡散を生みました。Xの投稿でも、開幕後「#ミャクミャクかわいい」が急増しました。20257月頃から「キモカワ」のタグがトレンドし、ファンアートやコスプレが花開きました。

  • 2. アタッチメント理論(attachment theory)とは、乳幼児が主に親などの養育者と築く強い情緒的絆(愛着)が、その後の対人関係や情緒発達に大きな影響を与えるという心理学理論。安全基地としての愛着が、安心感や自己肯定感の基礎になるとされている。

背景として、SNSの拡散力が大きいです。開幕前は批判が目立ちましたが、運営は非営利の二次創作を許可しました。コミケ(註3)でコスプレイヤーが現れ、「ミャクミャク様」信仰がユーモアのネタに昇華しました。2023年にパリで行われたジャパンエクスポでの海外デビューも、グローバルな好奇心を刺激しました。加えて、コラボ展開の戦略性です。JRのラッピング列車、JALの特別塗装機、ミャクミャク体操の動画が、日常に浸透しました。流行語大賞ノミネートは、この継続的な話題性を象徴するものでしょう。閉幕後もグッズ販売を20263月まで延長するほど、人気は冷めません。

『グッズは結構なお値段ですな。でも恐ろしいほど良く売れてたな。』

  • 3. コミケ(コミックマーケット)とは、年に2回東京で開催される世界最大規模の同人誌即売会で、「オタクの祭典」として有名。アニメ、漫画、ゲームなどを題材にした二次創作の同人誌やグッズがアマチュア作家などの個人サークルから販売され、多くの一般参加者やコスプレイヤー、企業ブースも集まる、日本サブカルチャーの巨大な発信拠点となっている。

事情として、万博全体の文脈が影響しました。1970年大阪万博の「太陽の塔」が当初「奇抜すぎる」と批判されながら象徴となったように、ミャクミャクも「未来志向の異形」として再解釈されたと思われます。テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」に沿い、多様性を体現し、コロナ禍後の価値観変化均質化からの脱却も後押ししたのでしょう。作者の山下氏は「多様でいいはずの世界を表現しました」と語ります。結果、ミャクミャクは「みんなで育てた」キャラクターになりました。Xで「ミャクミャクロス」が109万件投稿されたのは、その証です。

ミャクミャクの変貌は、他キャラクターと比較すると際立ちます。2005年愛知万博の「モリゾー&キッコロ」は、森の妖精をモチーフにした可愛さを最優先にした安全牌だったと言えます。発表時から好評でグッズ売上200億円超を達成しましたが、「違和感投資」をしなかったため、20年経っても強い印象は残りにくいです。一方、ミャクミャクは初期の炎上が逆にバズを生み、グッズ売上800億円を記録しました。海外では、2012年ロンドン五輪の「ウェンロック(Wenlock)」が類似します。サイクロプス風の奇抜デザインで「醜い」「不気味」と酷評されながら、開幕後に人気回復しました。違和感投資の成功例ですが、五輪は開催期間が短く、ミャクミャクのように3年間かけて熟成させることはできませんでした。違いは、ウェンロックの即時批判に対し、ミャクミャクは3年の蓄積で爆発した点です。SNS時代ゆえの長期戦略が勝因です。2016年リオ五輪の「ビニシウス(Vinicius)」も同様に「奇妙」「怖い」と発表当時炎上しましたが、開幕後ダンスパフォーマンスで「陽気」と再評価され逆転しました。この場合、サンバの明るさが助けた面が大きく、日本的な静かな愛着形成とは異なると考えられます。失敗例として2008年北京五輪の「福娃(フーワー)」五つ子を挙げます。可愛さを狙いましたが、一部で「不気味」と批判されました。全体としては「可愛さ優先」で安定、好評とされましたがミャクミャクほどの劇的な逆転劇はなかったです。

これらの比較から、ミャクミャクの強みは「テーマ連動の独自デザイン」と「体験ベースの逆転」です。可愛いだけでは一過性ですが、異形が「語り継がれる」ストーリーを生みます。太陽の塔のように、50年後の文化遺産になる可能性もあるのではないかと思います。

『ミャクミャクの成功は、現代社会の鏡ではないかと思う。コロナ禍で加速した多様性志向が、異質なものを「キモカワ」として受け入れる土壌を育てた。グッズの品薄やファンコミュニティの形成は、参加型文化の勝利と言えるのでは?一方、初期批判は「同調圧力」の弊害を示すと愚考する。Xの投稿で「見慣れると可愛い」との声が多かったように、露出が偏見を溶かすのだな。ミャクミャクが証明した「違和感投資」は、最初はリスクに見えるが、時間と体験があれば大きなリターンを生む戦略である好例であろう。今後、アニメ化やゲーム展開で生き残る将来性があると思う』。

結局、このキャラクターは「脈々」とつながるいのちのメタファー(暗喩)です。気持ち悪いと思われたものが、未来を照らす存在になったのは、万博の精神そのものでしょう。2025年の万博はミャクミャクを通じて、多様な「かわいい」を再定義したと言えます。そして、「違うことは怖いことではなく、愛されるきっかけにもなる」ということでしょう。また、最初に拒絶されたものほど、見慣れれば強く愛されるそれが2025年大阪・関西万博が残した、最大のレガシーかもしれません。

『この感覚を一番良く表現しているのが表題の言葉だと思う。江戸時代中期の浮世絵師、喜多川歌麿が残したとされてる。歌麿は美人画で有名だけど、一過性の美しさを反対に物事の本質から洞察していたのではないかと思う。そんなこんなで25人の読者様、今年も引き続きひとりごとのお付き合いをお願いします。』