By: Kazusei Akiyama, M.D.

Food series: Unigunkan. Iwaya. Caju©2026
2026年03月
ムカムカ、ああ、ムカつく
最近、妙に「ムカつく」ことが増えた気がします。
正確に言うと、ムカつく対象がどんどん増殖しているように感じます。
たとえば、ニュースを見ていると。
「〇〇が差別だ」「△△は人権侵害」「□□は環境破壊」と、
毎日毎日、誰かが誰かを糾弾しています。
正義の旗を掲げて叫ぶ声が大きければ大きいほど、その裏に計算が見え隠れして、ぞわっとします。 本気で怒っている人もいるのでしょうが、「正義」やポリコレ(註1)を振りかざすことで得られる視聴率、いいね数、寄付金、 収益化、政治的工作……そういうものが透けて見えると、 途端に冷めてしまいます。
- 註1:ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス、政治的適正)とは、人種、性別、宗教、性的指向、障害の有無などに基づく偏見や差別を防ぐため、中立的な表現や行動を求める考え方です。誰もが排除されない社会を目指し、言葉の言い換えやメディアの配慮などで活用されていますが、行き過ぎているので「表現の自由」や「創作の多様性」を狭めているという議論があります。
『あー、またか。ムカムカ。』
ブラジルに住んでいると、それら以外にももっと直接的にムカつく場面が多いです。 信号無視のバイクで轢かれそうになる。 横断歩道で歩行者が待っているのに、車はクラクションを鳴らして威嚇します。 歩行者には赤信号になっているのに道を渡る権利を執行する。スーパーのレジが携帯電話でメールしながら会計して失敗する。どれも「自分が優先」という空気が濃厚で、「いや、規則というものがあるでしょう」と口に出したくなります。でも言わない。言ったら面倒なことになるからでしょ?
日本では「空気を読む」のが当たり前です。ブラジルでは「空気を読む」より「自分が他人より優位に立つのが良い」方が強い文化と言えるでしょう。 どっちも極端になると息苦しいです。 日本は同調圧力で押し潰され、ブラジルは自己主張の暴力で押し潰されそうになります。結局、どっちも「ムカつく」。
そして一番ムカつくのは、自分自身かもしれません。こういう場面で「まぁいいか」と流してしまう自分が。本当は「それは違う」と声を上げたいのに、「面倒くさい」「どうせ変わらない」「自分が損するだけ」と、心のどこかで諦めている自分が。「結局、ムカついてるのは社会じゃなくて、自分の弱さか。」と考えるのは日本人的な捉え方ではないですかね?
ブラジル人的に捉えると、一番ムカつくのは、狭く言うと回りの人達、広く言うと社会が悪いから。自分の権利や主張を無視しやがる。本当は「上手く立ち回った」と自身を褒めて優越感に浸りたいのに「ヤバかった」「下手をこいた」と、心のどこかで正しくない事をしていると自覚している。それで一番ムカつくのは、自分自身かもしれません。
今の社会情勢を見ていると、みんなが「正義」を叫びすぎて、本当の不条理や理不尽が埋もれてしまっている気がします。声の大きい者が正義を独占し、静かに耐えている人たちの声は届かない。 そしてその静かな人たちの中に、実は一番傷ついている人がたくさんいます。また、沢山の人達はソーシャルネットワークで自己肯定感を満たすため優位の競い合いをして自己否定感満載になってムカつく。
でもそのムカつきをどこにぶつければいいのか、分かりません。 このコラムの25人の読者様はどうしたら良いか分かりますか?
『ムカつくって、本当はこのどうしようもない世の中で生きている自分の中の矛盾や無力に一番イラついているだけなのかもしれないな。』
「ムカつく」という言葉、日常では怒りや苛立ちを表しますが、実は「nausea(吐き気)」という医学用語と深くつながっています。英語の「nauseous」は「吐き気がする」だけでなく「嫌悪感を催す」という意味も持ちます。日本語の「ムカムカする」「胸がむかむかする」も同じルートで、「ムカムカする」は、怒りや苛立ちで胸がざわつく感情を表す擬音語です。元々は胃の不快感・吐き気を表す「むかむか」が転じて、心理的な嫌悪や怒りまで広がりました。「胸がむかむかする」は特に、胸のあたりにこみ上げる不快感・イライラを強調します。
吐き気(nausea)は、脳の延髄にある嘔吐中枢が刺激されたときに起きます。原因は多岐にわたります。胃腸の炎症、薬剤、妊娠、乗り物酔い、化学療法、脳圧亢進など。でも面白いのは、心理的・感情的な刺激だけで吐き気が起きることです。嫌な臭い、グロい映像、強いストレス、怒り、屈辱感。これらはすべて「化学療法性吐き気」と同じ回路を通ります。
『つまり、ムカつくとは感情が嘔吐中枢を刺激している、と言っても過言ではない。』
生理学的に言うと、延髄の化学受容器引金帯(かがくじゅようきひきがねたいCTZ:Chemoreceptor Trigger Zone)は、血液や脳脊髄液中の有害物質を感知するセンサーです。ここにセロトニン、ドーパミン、ヒスタミン、アセチルコリンなどの神経伝達物質が過剰に作用すると、嘔吐反射が起動します。怒りや嫌悪の感情は、前頭前野や扁桃体から視床下部を経由して延髄に信号を送り、そのCTZを活性化させます。つまり「ムカつく」は脳内で本物の「毒」を検知したときと同じ反応なのです。
臨床でよく見るのは、ストレス性の慢性吐き気です。患者さんが「最近ずっと胸がむかむかして食欲がない」と訴えます。検査では異常なし。内視鏡も正常。ところが話を聞くと、上司のパワハラ、家族との不仲、会社の業績圧力……。よろしくない感情が持続的にCTZを刺激し続けています。こういうケースでは、抗不安薬や5-HT3受容体拮抗薬(制吐剤)が意外と効くことがあります。脳が「毒だ!」と勘違いしているのを、薬で少し抑えてあげるわけです。
ブラジルでは「enjoo(エンジョーオ)」という言葉が吐き気と嫌悪の両方をカバーします。カーニバルで飲み過ぎて「enjoado」(吐きそう)になるのも、腐敗政治を見て「estou enjoado dessa política(この政治にうんざりだ)」と言うのも、同じ単語。言葉が感情と身体を直結させている証拠です。
『結局、ムカつくというのは、脳が「これは体に悪いぞ」と警告を発している原始的な防衛反応なのだな。』
現代社会はその警告が多すぎます。SNSのヘイト、ニュースの惨状、日常の理不尽。脳のCTZは常にオーバーヒート気味です。結果、慢性的な「ムカつき吐き気」が蔓延しています。胸がむかむかするのは怒りかもしれないし、脳が必死に「逃げろ」と叫んでいるサインかもしれません。吐き気止めを飲む前に、一度深呼吸して「これは本当に毒か?」「何の毒か?」と自分に問いかけてみるのも一手だと思います。医学的には、自律神経の交感神経優位状態で胃腸の運動が乱れ、実際に軽い吐き気や胸焼けを伴うことがあります。ストレスが延髄の嘔吐中枢を刺激し、「毒だ!」という原始的な警報が感情と身体の両方で鳴っている状態です。
『ムカムカ=脳と胃が同時に「これはヤバい」と叫んでいる、ということですね。だから怒りが頂点に達すると本当に吐きそうになります。感情と身体は、思ったより密接につながっているのだ。』
ああ、ムカつく。
このムカつきが、単なる苛立ちなのか、体からの警告なのか、それとも自分の弱さへの自己嫌悪なのか、自己否定されたからなのか……。
いずれにせよ、吐き出さないと溜まる一方です。 本当に毒を飲んでしまった場合、折角生物の進化の時点でそれを吐く機能が付いたのでもあるし。無理せず、我慢せずゲロしましょう。
