咳が続くから百日咳と呼ばれます。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

August. Waning gibbous moon. São Paulo. Caju©2022.


2025年8月

咳が続くから百日咳と呼ばれます。

医療現場での最近の話題は百日咳です。世界的にみて症例が増大している感染症ですが、特に日本のマスゴミで取り上げられる事が多く見られます。邦人患者が多い筆者の診療所では必然的に出てくる話です。しかし「大変だ〜子供が罹ったら死ぬぞ」とパニックばかりが煽られ先走っているように感じるので、正しく百日咳を理解するため今月は純粋な医学解説ひとりごとにします。

百日咳(pertussis, whooping cough, coqueluche (ポル語、コケルッシ))は、Bordetella pertussis(百日咳菌)と呼ばれるグラム陰性桿菌、一種の細菌(バクテリア、ウイルスではない)による急性呼吸器感染症です。この疾患は主に毒素を介した病態を示し、呼吸器上皮細胞への細菌付着と毒素の産生が中心的な役割を果たします。この感染症では免疫力の低い乳幼児で重症化しやすいです。ワクチン接種(DTaPなど)が予防の鍵ですが、免疫の減衰が再流行の原因となっています。診断はPCRや培養で行われ、抗生剤使用の早期治療が重要です。成人の場合、非典型的なことが多く、風邪や咳喘息と誤診されたり症状が軽く見逃されやすいため、感染源となりやすいです。

1. 病原体と感染経路

病原体: Bordetella pertussisは、好気性のグラム陰性コクシバチルスで、ヒトのみに感染する厳密なヒト病原体です。動物や環境リザーバー(註1)は存在しません。細菌は呼吸器粘膜に局在し、血流にはほとんど侵入しません。

感染経路: 主に飛沫感染で、感染者の咳嗽やくしゃみにより菌を含む微小飛沫が空気中に拡散され、易感染者が吸入して感染します。接触感染はまれです。潜伏期は平均7〜10日(最長3週間)で、最も感染力が強いのはカタル期と痙咳期初期です(表を参照)。

  • 註1. リザーバーとは病原微生物が生存し、感染源となりうる場所のこと。例:動物リザーバーの場合、ネッタイシマカ(黄熱の感染源)、環境リザーバーの場合、病室や医療器具(院内感染の感染源)。

2. 感染の段階と臨床的進行

百日咳の病態は、3つの段階に分けられ、各段階で細菌の付着と毒素の影響が症状を引き起こします。全体の病程は通常6〜10週間ですが、合併症により延長されることがあります。

表:感染の段階と臨床的進行

段階

期間

主な病態生理的特徴

臨床症状

カタル期 (Catarrhal phase)

1〜2週間

細菌が気道上皮の線毛細胞に付着し、局所的な炎症を開始。粘液分泌が増加し、初期感染が上気道に限局。

風邪様症状(鼻汁、くしゃみ、低熱、軽い乾性咳嗽)。感染力が最も高い段階

痙咳期 けいがいき (Paroxysmal phase)

1〜6週間

毒素の影響で線毛機能が麻痺し、粘稠な分泌物が蓄積。咳嗽発作が繰り返され、胸腔内圧の上昇により組織損傷が発生。

激しい痙攣性咳嗽(スタカート咳嗽)(註2)、吸気時の「whoop」音(註3)、チアノーゼ(註4)、嘔吐、疲労。乳幼児では無呼吸や窒息が顕著。

回復期 (Convalescent phase)

数週間〜数ヶ月

炎症が徐々に収まり、線毛再生が進むが、残存する刺激で咳嗽が持続。二次感染で再発作可能。

咳嗽の頻度減少だが、残咳が長引く。他の呼吸器感染で再燃しやすい

乳幼児では非典型的な進行(例: 無呼吸、チアノーゼ、徐脈)がみられ、重症化しやすいです。

  • 註2. 短い咳が連続的に起こる状態。
  • 註3. 激しい咳の発作後に、息を吸い込む時に「ヒュー」という笛のような高い音が聞こえる現象。
  • 註4. 皮膚や粘膜が暗紫色になっている状態。酸素濃度の低下の結果。

3. 細菌のメカニズムと毒素

百日咳の病態は、主に毒素媒介性疾患であり、細菌が呼吸器上皮の線毛細胞に付着した後、複数の毒素を産生して宿主の防御機構を回避します。細菌は抗原性成分を介して線毛上皮細胞に付着します。これにより、局所的な炎症と上皮細胞の変性を引き起こします。細菌は肺胞マクロファージ内に存在することもあり、組織侵入を示唆します。付着した細菌は毒素(註5)を産生し、線毛を麻痺させ、粘稠な分泌物の蓄積を招き、咳嗽発作を悪化させます。病理学的には、気管・気管支粘膜の上皮細胞変性(空胞形成、核崩壊、脱落)が主で、鼻咽部にも病変がみられます.

  • 註5. Pertussis toxin (PT): ヒスタミン過敏症やインスリン分泌増加を引き起こし、リンパ球増加を促進しながら化学走性を阻害。宿主防御を回避し、系統的な影響を与える。Tracheal cytotoxin: 線毛上皮細胞を損傷し、粘液線毛クリアランスを障害、炎症を増強する。Adenylate cyclase toxin: 宿主細胞のシグナル伝達を乱し、細菌の生存を助ける。Dermonecrotic toxin: 局所的な組織壊死を誘導する。

4. 宿主の反応と合併症

免疫応答: 細菌付着と毒素により局所炎症が発生し、白血球増加症(特にリンパ球増加)がみられます。リンパ球増加はPertussis toxinの影響で、好中球の化学走性を阻害します。

合併症の病態: 咳嗽による胸腔内圧上昇で、点状出血、結膜下出血、鼻出血が発生。乳幼児では低酸素血症や毒素効果で痙攣、脳症、肺高血圧が起こり、死亡リスクが高まります。肺炎球菌などが原因の二次細菌肺炎も一般的です。

5. 2025年7月現在の流行状況

2025年に入り、日本および世界各地で百日咳の報告数が急増しており、過去数年と比べて顕著な流行が見られます。日本の国立健康危機管理研究所(JIHS、旧・国立感染症研究所)によると、2025年1月から7月中旬までに累計43,728件の報告があり、これは2024年通年の約4,000件から10倍以上の増加です。特に東京、大阪などの都市部で多く、感染者の約60%が青少年・成人で、乳幼児の重症例も散見されます。グローバルにも再流行(resurgence)が観察されており、WHOや各国保健機関のデータから、ワクチン接種が進んだ国々でも増加傾向です。特に中国で2023年の14倍規模の急増が目を引きます。ブラジルは南米地域の再流行の中心の一つとされており、サンパウロ州では2024年に前年の4倍増が報告されてます。

6. 流行の主な原因

百日咳の流行は、細菌そのものの変異によるものではなく、社会的・免疫学的要因が主です。以下に主な原因を挙げます。これらは日本と世界で共通するものが多く、相互に関連しています。

  a. ワクチン免疫の減衰(Waning Immunity, diminuição da imunidade): 百日咳ワクチン(DTaPやTdap)は幼児期に接種されますが、効果が5〜10年で弱まるため、青少年・成人での免疫力が低下します。日本では乳幼児の接種率が95%以上と高いものの、ブースター接種(追加接種)が不足し、成人感染が増加。ブラジルを含む世界的に同様で、WHOは免疫減衰を再流行の主要因と指摘しています。

  b. COVID-19対策緩和後の免疫債務(Immunity Debt, lacuna de imunidade): パンデミック期のマスク着用・社会的距離確保で呼吸器感染症の曝露が減り、集団免疫が弱体化。2023〜2024年の緩和後、百日咳を含む感染症が急増しました。日本ではインフルエンザやRSウイルス感染症(註6)と並行して流行し、世界各国で同様のトレンドです。

  c. 抗生物質耐性菌の出現: 一部株がエリスロマイシンのようなマクロライド系抗生物質に耐性を持ち、治療が難しくなるケースが増加。日本で2024〜2025年に耐性株関連の死亡例が報告され、流行拡大を助長しています。これはグローバルな問題で、細菌の遺伝子変異が原因です(註7)。

  • 註6. ブラジルでの臨床現場では百日咳よりRSウイルス感染症を重点的に流行監視しているように思われる。
  • 註7. 特定の遺伝子型(fim3–24/ptxP-3)の株がアウトブレイクに関与している可能性が指摘されている。

  d. 季節・社会的要因: 日本では夏季の高温多湿、夏休みの人の移動・集まりが感染リスクを高めています。ブラジルでは冬季の閉め切った空間での活動や季節に多い風邪症状が感染リスクを高めてます。世界的に、都市部や高齢化社会での密接接触が寄与。PCR検査の普及などの診断技術の進歩で報告数が増えている側面もありますが、本質的には感染拡大です。

  e. 接種率の地域差や誤認識: 全体的に高いものの、一部地域でワクチン忌避やアクセス不足が見られ、特に発展途上国で影響。中国の急増はこうした要因が強いです。また、「幼児期の接種で一生免疫」との誤解が、成人ブースターの怠りを招いています。

7. 予防と対応

  • – ワクチン接種を徹底:妊婦・周囲成人へのブースター(日本ではTdap、ブラジルではdTPa)、乳幼児の定期接種。
  • – 早期治療:抗生剤投与で感染拡大を防ぐ。
  • – 公衆衛生:マスク、手洗い、咳エチケット。

日本から移住してくる子供さん達の予防接種はブラジルで必要なモノとは違うので(註8)、当地に到着したら「すぐに」予防接種の調整を医師に相談する事が重要だと考える。筆者の診療所HPに小児用のブラジル公式予防接種スケジュールを載せているので(註9)、参考にしてほしい。旅行者は事前接種を確認する事が必要になってきたと思われます(註10)。このコラムの25人の読者様、周りの愛する人達に今月の話の拡散をご協力いただけたら嬉しいです。』

  • 註8.  例:ブラジルでは日本脳炎はないが、細菌性髄膜炎がある。
  • 註9.  https://www.akiyama.med.br/jp/vaccine-brazil-children/
  • 註10. 現時点での大人の接種勧告は妊婦と1才以下の子供と同居の場合のみ.