By: Kazusei Akiyama, M.D.

May: Little bit cloudy sunrise. São Paulo. Caju©2022.
2025年5月
患者になるのも要デジタルリテラシーの世の中
先月の前半、日本でのマスメディアは壱岐島沖でドクターヘリが墜落したニュースで占められてました。2025年4月6日、長崎県対馬市から福岡市へ患者を搬送中のヘリコプターが、壱岐島沖約27kmの海上で転覆しました。6人全員が救助されましたが、患者と付き添い、医師の3人が死亡しました。ヘリは佐賀の航空会社が運航し、福岡和白病院から委託を受けていました。海上保安庁は事故原因を調査中。この事故は離島医療の課題を浮き彫りにし、ヘリ運航の安全基準見直しや遠隔医療への依存増加が議論されています。特に運航会社と病院への批判が強く、日本の同調圧力文化が影響を与える可能性が大きいと思います。「落ちるかもしれないヘリコプターに患者を乗せて病院は無責任だ!」と言った論調に悪意と浅慮を感じて憤慨しているのが今月のひとりごとの素です。
ドクターヘリは、緊急医療現場に医師や看護師を迅速に派遣し、現場で治療を行いながら患者を医療機関へ搬送するヘリコプターです。救急医療に必要な機器や医薬品を搭載し、特に離島や山間部での救命活動に役立ちます。車両が到達できる陸地では、救急車よりも早く治療を開始でき、特に重症患者の救命に効果的です。しかし、間に「海」がある場合、離島ではヘリ搬送が「最後の砦」です。福岡和白病院は民間資金でヘリを運用し、対馬の命を支えてきました。残念な事に批判が強まれば、こうした民間努力が減少し、遠隔医療の格差が拡大する恐れがあります。実際、この病院は離島からのヘリ輸送を無期限運行停止してしまいました。運航停止は緊急搬送の遅延や医療アクセスの低下を招き、遠隔地の患者に直接的な影響を与えます。マスゴミは自分が離島に住んでいないので、事故の話題性ばかりに焦点をあて、表面的な責任追及に終始しているように見えます。もっと根本的な、離島医療の資金不足、民間ヘリの安全基準の曖昧さ等、構造的な問題が議論されているようには思われません。
『離島に高度な医療機関がそろっていれば別にヘリなど飛ばさないでいいでしょ?無いから飛ばさないといけない、そんな単純な事もわからんのか。』
しかし、筆者が思うに、これは反対にヘリ運航のリスクがクローズアップされたことで、テレメディシン(telemedicine、遠隔医療)やドローンによる医療物資輸送など、非物理的な遠隔医療技術への投資や導入の議論が加速する良い機会にしないといけないと。ヒトの健康や感情を扱うモノである以上、医療文化は人間生活の中でも保守的な分野に入ると思います。また、医療は高額な経済活動であるため、色んな利権が絡み、これも革新を拒む一員でしょう。ドクターヘリや遠隔医療に関しても、「とんでもない事態」が起こらないと引き金にならない歴史があります。
ドクターヘリはHEMS(Helicopter Emergency Medical Services、医師を乗せた緊急医療ヘリコプター)が欧米式の正式名称で、欧米では1970年代より運用が始まってます。ブラジルでは1980年代に主に都市部で交通渋滞を回避する手立てとして定着するようになりました。これは革新というより、民間主導で富裕層向けの救急サービス、つまり、更に高額な経済効果を見込んだモノでしょう。ただ、実際このサービスは交通事故や心臓発作患者の生存率向上に寄与する実績が認められたため、消防や警察のヘリで公的機関がサービスするようになり、2000年代にブラジル保健省が全国緊急医療サービス(SAMU: Serviço de Atendimento Móvel de Urgência、2003年設立)の一環としてHEMSを強化してます。日本では緊急医療におけるヘリコプターの使用は消極的だったのが、1995年の阪神・淡路大震災が転機となり、迅速な医療アクセスと搬送の必要性が認識され、この災害での被害(死者6,434人、負傷者43,792人)は、HEMS導入の議論を加速させました。正式には2001年に運用開始があり、以降ドクターヘリは全国に拡大し2022年4月時点で、47都道府県中45都道府県に56機が配備されるまでになってます(註1)。
『つまりヘリの場合、大震災が起こらないと重要性が分からなかった。ブラジルの場合は大渋滞か。』
- 註1:ブラジルでは全国で約50機。警察へりなど緊急搬送に使用される機材はもっと多いが、ドクターヘリは、医師や看護師が搭乗し、現場で初期治療を行えることが定義であるため、単に患者や怪我人を搬送するヘリコプターがドクターヘリと言うわけではない。
遠隔医療(テレメディシン)に関しては、日本の場合、遅々と整備が進まない状況でした。日本の医療文化は、医師と患者の信頼関係を重視し、対面での診察を伝統的に好む環境が遅延の一番の理由とされます。1997年には遠隔診療が認められましたが、医師法では対面診療が原則とされ、初期はフォローアップケアに限定されていたり、規制緩和があっても禁煙治療など一部条件つきの制度でした。それが2020年の新型コロナ禍で状況が一変し、初診の遠隔診療が解禁され1万以上の医療機関が新患者のオンライン相談を提供し、医療アクセスの拡大に寄与してます。しかし、対象疾患や保険適用には依然として制限があり、遠隔診察の保険点数は対面の約70%に設定されているため収益性が低く、導入が進まないようです(註2)。ブラジルでは僻地の医療拡充に有用ではないかというくらいの位置づけで1980年代から議論がありましたが、結構医師側の抵抗があり、医師の60%がテレメディシンの診断精度や法的責任を懸念し、消極的でした。ある程度成功していたのは、遠隔地から送信される画像の診断と海洋油田で勤務している労働者(註3)への医療サービスでした。石油プラットフォームにはメディック(救急救命士や看護師)が常駐し、簡易診療所を運営しており、常駐医療体制があるといえますが、高度な診断や治療には陸上の専門医の支援が必要になります。海洋油田は労働リスクが高く、作業員は重機事故、爆発、落下、化学物質暴露などのリスクにさらされ、急性外傷(骨折、頭部損傷)、心疾患、熱中症が頻発;非労働関連疾患(消化器疾患、感染症)も約40%を占めるといったデータもあります。海洋油田の特殊な環境が、ブラジルのテレメディシンを技術的に進化させたのは間違いないと考えられます。このように利用が限定的であったのが、2019年に規制緩和があり、遠隔診断、処方、カウンセリングが合法化されました。そこへ2020年の新型コロナ禍で緊急措置としてさらに緩和され、民間投資と規制緩和でテレメディシンが急成長し、都市部での受容が進んだ現状と言えます。
『遠隔医療の場合、新型コロナパンデミックが転換点と言える。』
- 註2:更に、APPI(個人情報保護法)の厳格な適用が求められ、医療機関は高コストのセキュリティシステムを導入する必要がある。これが特に地方の小規模施設で障壁となっている。
- 註3:ブラジルは、リオデジャネイロやサンパウロ沖の100〜300km以上の遠隔地に位置する世界最大級の海洋油田を開発している。これらの油田は、数千人の作業員が海上プラットフォームや掘削リグで働き、広義では日本の離島の医療事情と似ているところがある。
ドクターヘリの大きな問題点は「過剰トリアージ」でしょう。過剰トリアージ(over-triage)とは、緊急性の低い患者や軽症患者を、緊急度の高い患者向けのリソースで対応してしまうことです(註4)。ドクターヘリは運用コストが高額であるので最悪になります。この現象の解決策(註5)の一つにテレメディシンを活用し、初期診断の精度の向上を目指す方法があります。反面、テレメディシン運用で陸上医師の慎重すぎる判断が、HEMSの不適切出動を招く事態も無視できません。
- 註4:サンパウロ州のHEMS(2018年)では、搬送患者の約30%が打撲、軽度骨折などの軽症で、地上搬送で十分だったと報告がある。
- 註5:トリアージプロトコルの標準化(いつ使うか);救急救命士や医療従事者への訓練の強化(どう使うか);民間HEMSの過剰派遣の規制(商業的動機の抑制);地上医療の強化(HEMSへの過度な依存を軽減);市民教育(過剰要請の抑制)。
遠隔医療の1番大きな問題点は診断精度です。対面診療に比べ、テレメディシンは診断ミスリスクが高くなります。2番目の問題点は最低スマートホンを始めとする電子器機を使用しないとできない医療行為であり、高齢者や低学歴層のデジタルリテラシー不足が、テレメディシンの利用を阻害します。今回のドクターヘリの件でも見られるように、遠隔医療の重要性に疑問の余地はないと思われます。待ち時間や移動時間の短縮などのコスト削減的な経済効果や医療のアクセスの改善といった医療の民主化効果もあります。このコラムの25人の読者様の生活圏のブラジル、特に都市部では社会受容性高く、筆者の診療所でもテレメディシンがすっかり定着してます。賢くご利用いただければ心強い保健ツールになることは間違いないと考えます。
『したがって、要デジタルリテラシーの世の中です。デジタルは使えるようにしましょう。』